
国際教養大学 モンテ・カセム学長インタビュー
2. 潜在能力を引き出す「いい人間」の教育
―― 成績が極端に分かれる学生たちをあえて同居させたのですね。
カセム:
そうです。例えば、ある学生はレポートを書かせれば提出はいつも遅れ、期末の打ち上げでも平身低頭で謝ってばかりいるような、いわゆる「教養がない」と見なされがちな学生でした。しかし、彼は人の顔を10秒見つめれば、驚くほどそっくりな似顔絵を描ける類稀な才能と、極めて優しい心を持っていました。
当時、研究室には視覚障がいを持つ非常に優秀な学生がいました。1990年代半ばはまだ資料のデジタル化が進んでおらず、図書館の膨大な文献をすべて拡大コピーするのは不可能です。そこで私は、その似顔絵が得意な学生にアルバイト代を払い、視覚障がいのある後輩のために文献を代読する役目を頼んだのです。
するとどうなったか。代読される側の優秀な学生は記憶力も抜群ですから、読んでもらいながら「ここはこういう意味ですか?」と次々に鋭い質問を投げかけます。代読する側の学生は、必死になって文献の内容を理解し、答えを探さなければならなくなりました。
カセム:
ゼミが終わりに近づくころ、その「出来の悪かった」はずの学生は、就職活動を終え、以前と同じ申し訳なさそうな顔で私の部屋に入ってきました。「どうしたんだ」と聞くと、「内定を4社からもらってしまい、どこを選ぶべきか迷っている」と言うのです。聞けば、コンピュータ会社の研究機関、BIG4と呼ばれる大手コンサルティング・ファーム、大手の会社、有名な投資会社と、超一流の企業ばかりでした。「自分でもなぜ受かったのかわからない」と本人は言っていましたが、私にとって理由は明白でした。
人間は誰しも潜在能力を秘めています。受験勉強はその多様な可能性を削ぎ落としてしまいがちです。他方、古典的なリベラルアーツは、専門性の前に「まず、いい人間になれ」という教育を施します。他者を思いやり、困っている後輩のために汗を流した経験が、彼を人間として大きく成長させたのです。
さらに言えば、勉強ばかりできる秀才たちは、得てして、期末のコンパをやろうにも気の利いた店一つ選べません。しかし、下位の10人は街の面白い場所や遊び場を誰よりもよく知っている。彼らが秀才たちの人生を豊かにし、逆に学業で困ったときは秀才たちが自然と助け舟を出す。こうした「環境」を通じて、互いに良いところを引き出し合うことができる。ここにリベラルアーツ教育の神髄があります。
―― 科目やカリキュラムが何かということの前に、生活や関係性といったフィジカルな環境設計がリベラルアーツ教育に魂を入れることになるのですね。
カセム:
その通りですね。また、幅広く学ぶこともやはり重要です。近代日本の学問体系は明治以来、非常に効率主義で、それがゆえにタコツボ化してきました。たしかに工学分野は発展しましたが、理学の心や、垣根を越えて他領域へ踏み出す学際性が不足しています。「学問の垣根を越えるのに、怯えてはいけない」――これが、私が学生たちに最も伝えたいことの一つです。
カセム:
それから、本当の学びに必要なのは、何か大事な課題(解決)に自分も貢献したという実感です。時にはうまくいかないことがあっても、必死に頭を悩ませて試行錯誤する。これは実験室の中であろうが、社会の中であろうが同じプロセスなんです。だからこそ、他者のためになるとか、学問の発展に寄与するとか、「大きな目標」に挑む体験が必要なのです。それも本格的なものが。
実は、私自身が学問の垣根を恐れずに多様な世界を切り拓けるようになった背景には、大学院時代の恩師との忘れられない約束があります。
1977年に東京大学の博士課程に進学した際、指導教官からこう言われたのです。「博士号の修了証明書そのものは大して大事ではない。君自身が、自分の心にどういう規律を課すかが重要なのだ。君はどうやって自分の心に規律をつけるのか」と。
私は、「2週間ください」と言って家へ帰ってきたものの、散々悩みました。四六時中ガリ勉ばかりしたくはないし、心の規律が何かもわからなかった。知恵を絞り、考え抜いた末、恩師の部屋へ戻り、こう宣言しました。「毎朝起きて、コーヒーを飲んで朝食をとる間に論文を3本読みます。夕方、夕飯を食べて寝る前にもう3本読みます。その代わり、土日と祝日は一切やりませんし、読書ノートやメモも取りません。これなら十分に遊ぶ時間も作れます」と。
恩師はじっと私の顔を見つめ、「お前、それを本当に続けられるか?」とおっしゃいました。「やります」と答えました。当時はいまのようにインターネットで検索して論文を流し読みできる時代ではありません。大学図書館へ通ってコピーを取り、丸善の洋書センターへ足繁く通って、関心のある分野の文献を文字通り手作業で集めました。その時その時に関心があるものしか読まないと決めたんですよ。そして、専門分野も文理も問わず、横断的に読み続けました。
あの日から50年近くが経ちますが、私は未だにその「1日朝夕3本ずつ論文(文章)を読む」という心の規律を守り続けています。視野を広げ、自ら新しい領域を開拓していく腕力は、まさにこの習慣から培われました。高い志と、自分自身を律する規律を持つこと。それさえあれば、人はどこまでも専門性の垣根を越えていけるのです。
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