国際教養大学 モンテ・カセム学長インタビュー

5. 思想を「3次元のモノ」へ――AIU「第3の10年」が挑む実装力

カセム:
中嶋先生の最初の10年は「異文化理解とコミュニケーション力」。鈴木先生の次の10年は「リベラルアーツの精神的・思想的深化」でした。そして私が担うべきこれからの10年は、「未来に向けた課題解決型リーダーの育成」です。

本学では2021年度から「応用国際教養教育(Applied International Liberal Arts)」という理念を掲げていますが、率直に言って、これまでは「応用」という言葉自体が概念的で実態が見えにくい側面がありました。

本学が定義する「応用」とは、学んだ教養を知識のまま終わらせず、現場の課題解決へ実践展開することです。答えのない現実の課題に対して、他者と協働しながら必死に頭を絞り、成功も失敗も含めて「価値の創造に自分が貢献した」と身体で実感すること。これこそが、私たちが目指す本物の学びです。


カセム:
こうした実践的な学びを実現するために、私たちは「人づくり」「コトづくり(制度設計)」、そしてそれらが交錯する「場づくり」に先行投資を進めています。その象徴の一つが、図書館の隣に開設したものづくり拠点「L-LAB(エル・ラボ)」です。

ここには最新のファブリケーション機器やAI環境が整っており、学生が頭の中で描いた思想やアイディアを、その日のうちに3次元のプロトタイプ(試作)として具現化できます。昨年は日産マーチなどのデザインを手掛けたチーフデザイナーをお招きし、AIを活用して「過疎地域における新しいモビリティのレイアウト」を再定義するワークショップを行いました。今年はさらにこの取り組みをベトナムなど海外へも展開します。

さらに、秋田県内の中山間地域や八郎潟などの現場に、独自開発した気象・環境観測システムを設置し、地表数メートルの微気候データをリアルタイムで収集・分析する実証実験も進めていきます。気候変動が農作物の生育やリスクに与える影響を数理モデル化し、農業のアドバイザリー・システムへと応用する試みです。

学生たちが机上の空論を越えて、テクノロジーとデータを武器に、泥臭く現場の課題と格闘する。教員や大人の指示をなぞるのではなく、若者ならではのスピード感でAIやIoTを使いこなし、私たち大人では想像もつかない解決策へと突き抜けていく。そうした挑戦を全力で後押しするキャンパス文化を、ここ秋田で確立したいと考えています。

思えば、私の都市計画の師である東京大学名誉教授の伊藤滋先生も、全国総合開発計画などの策定にあたり、富山県の知事室などで「地方の未来をどう構想するか」を徹底的に現場で考え抜く本物の姿勢を叩き込んでくださいました。「向こう(地方)を半端な場所として扱うな」という教えは、いまも私の骨身にしみています。


カセム:
いまAIUが拠点を置く秋田県は、全国で最も高齢化が進み、過去20年間で平均寿命こそ伸びたものの、健康寿命との約10〜12年ものギャップ(寝たきりや要介護の期間)が存在します。また、全国トップクラスの学力を誇る一方で、不登校児童生徒数の増加など地域課題も抱えています。

こうした課題に対し、従来の医療モデルや対症療法的なアプローチではコストが高すぎて持続可能ではありません。だからこそ、若者や子育て世代がテレワークを通じて豊かな自然の中で暮らし、高齢者も生きがいを持って健康に過ごせるような、新しい生活様式のモデルづくりを自治体と連携して展開しています。


カセム:
社会の既成概念や既存の仕組みを変えようとすると、時に強い反発が生じます。私自身、かつてスリランカの農園で、特定波長の赤色光を用いて肝臓病変を抑制する高機能ポリフェノールを抽出する研究を行っていた際、その厳しさを痛感しました。安価で誰もが健康になれる仕組みをオープンに提案しようとすれば、既存の産業構造や製薬業界から激しい抵抗を受けることになります。それでも「本当に社会のためになるか」を問い続け、リスクを背負って挑戦することこそが、大学と学問の果たすべき社会的責任だと信じています。

そうした挑戦を促す土壌として、私は「学住型キャンパス」の価値をもう一度見直すべきだと考えています。かつて私は東大の駒場寮で暮らしましたが、学生運動後の日本では、管理の難しさから大学寮が急速に姿を消してしまいました。京都大学の熊野寮のように、たとえ建物は古くとも、人間味が溢れ、夜を徹して議論し助け合う濃密な共同生活の場は、学生の人間形成にとって何物にも代えがたい資産です。大切なのは、真剣に学べる環境と健康的に暮らせる環境がある、学生たちが「ここで学びたい、暮らしたい」と思える魅力的な環境を整えることです。

つまり、真剣に思考を深める「学びの場づくり」と、そこで得た知見を社会に応用する「試す場づくり」の両方が大事だと思うんです。僕らが今展開しようとしているのは、自分が学んだものを、国内・海外を問わず社会の中で試してみる場づくりですね。

先ほどお話しした最先端のものづくり拠点「L-LAB」や学住型キャンパス、地域でのフィールドワークといったものが結合することで、学生たちは24時間仲間と刺激し合い、アイディアを形にして社会実装していくことができます。波風を立てないことばかりを美徳とする風潮を打ち破り、未知の領域へ踏み出す勇気を持ったリーダーを、この秋田の地から世界へと送り出していきたいですね。

(インタビュー 終わり)


【おすすめの書籍】

インタビューの最後に、高等教育関係者やこれからの時代を生きる若者に向けて、推薦書を挙げていただいた。

■山極壽一『共感革命――社交する人類の進化と未来』(河出新書)
人類は認知革命の前に、他者を思いやり、弱みを補い合う『共感革命』によって共同体を築いてきました。個人の功利性や消費ばかりが強調され、分断が進む現代において、人間本来の共感力に立ち返ることの大切さを教えてくれます。まさにリベラルアーツの本質を問う一冊です。
■ダグラス・R. ホフスタッター/ダニエル・C. デネット編著,坂本百大監訳『マインズ・アイ――コンピュータ時代の「心」と「私」』(TBSブリタニカ/阪急コミュニケーションズ) 
生成AIが社会を揺るがす現代において、知性とは何か、心や命とは何かという本質的な問いを、SF的な思考実験を交えて鮮やかに提示しています。既存の学問的枠組みを越えて思索する勇気を与えてくれる、現代の必読書です。
■カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(早川書房)
病を抱える少女と、人工知能を搭載したロボットの交流を描いた作品です。機械が共感や愛情を持ち得るのかという問いを通じて、既存の人間観や社会の枠組みを越境する視座をもたらしてくれます。

【モンテ・カセム学長 プロフィール】

1947年 スリランカ民主社会主義共和国 コロンボ生まれ
1970年 スリランカ大学自然科学部建築学科卒業
1974年~1981年 一般財団法人 日本地域開発センター研究員
1976年 東京大学大学院工学系研究科修士課程都市工学専攻修士
1976年~1977年 マレーシアサインズ大学専任講師、大学院設立委員会事務局長
1980年~1984年 三井建設株式会社設計部(建築士)
1982年 東京大学大学院工学系研究科博士課程都市工学専攻単位取得満期退学
1985年~1994年 国際連合地域開発センター(UNCRD)主任研究員・国連専門官
1994年~2018年 立命館大学教授
2004年~2009年 立命館アジア太平洋大学学長
2004年~2012年 学校法人立命館副総長
2013年~2014年 学校法人立命館総長特別補佐
2014年~2017年 学校法人立命館評議員
2014年~2021年 公立大学法人国際教養大学理事
2015年~2018年 学校法人立命館理事補佐
2018年~2021年 大学院大学至善館学長、理事、教授
2018年~2023年 学校法人立命館理事会顧問
2021年6月~ 公立大学法人国際教養大学 理事長・学長(現在に至る)
他 日越大学(VJU)理事、沖縄科学技術大学院大学評議会議長、スリランカ首相上席補佐官など

インタビュー  KEI大学経営総研 主任研究員 KEIHER Online編集主幹 原田 広幸

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