国際教養大学 モンテ・カセム学長インタビュー

4. 「虫は何を食べるのか」――現場の多様性から学ぶ姿勢

カセム:
かつてマレーシア・サバ州で、熱帯林とサンゴ礁の復元、そして地域開発計画に携わっていたときのことです。政府からは「先住民がキナバル山の麓で焼畑農業を行っているため土地が荒廃している。彼らに近代的な高原野菜の農法を教え、台湾などへ輸出できる高付加価値農業へ転換させてほしい」という要請を受けました。

ところが、実際に現場を歩き回ってみると、伝統的な焼畑を行っている土地は決して荒れていませんでした。土地が浸食されていたのは、外部の資本が入ってトラクターで表土を削り、化学肥料を大量投入している大規模農地の方だったのです。先住民たちは森の小さなスペースを使い、火を巧みにコントロールし、棒で穴を開けて表土を傷めないよう丁寧に種をまいていました。

とはいえ、彼らの生活が極めて貧しく、過酷な重労働によって女性たちが40歳前後で身体を痛めてしまっていたのも事実です。そこで私は「伝統をただ美化するだけではいけない」と考え、長老の元へ通いました。

彼らの畑を見ると、立派なキャベツやブロッコリーの3分の1ほどが虫に食われていました。これでは商品として出荷は難しい。私は、「虫に食われる前の少し早い段階で収穫し、保管用の小屋を建てて鮮度を保てば、収穫量は3割上がり、収入も増えて生活が豊かになります」と提案しました。

現地の言葉に通訳してもらい、3回説明しても、長老は難しい顔をしたまま頷きません。4回目にようやく長老が手を挙げ、静かにこう言ったのです。

「お前の言っていることはよくわかった。私たちのために必死に考えてくれて感謝している。だが、一つだけ答えが出ない問いがある。お前の言う通りにしたら、虫は何を食べればいいのか?」

頭を殴られたような衝撃でした。私の視野には「人間の経済活動と生活向上」しか入っていなかったのに対し、長老の世界観には「森に息づく虫の命」までが当たり前に組み込まれていたのです。

その後、研究室に戻ってエネルギーの投入と産出のバランスを精密に検証した結果、伝統農法は一見収量が少なく見えても、生態系全体としての生産効率は極めて高いことが実証されました。私の環境科学者としての視座は、間違いなくあの長老の一言から拓かれたものです。地位や肩書に関係なく、現場の誰もが学びの相手になり得る。こうした偶発的な学び=セレンディピティを呼び込むためには、自ら現場へ足を運び、誰に対してもリスペクトを持って向き合う感受性が不可欠なのです。

もう一つのエピソードですが、私は、日本の中山間地域で8年間にわたり自ら米や野菜を作る第2種兼業農家をしていました。その際にも、サバ州での体験や、オックスフォード大学出版局の『Agricultural Ecology(農業生態学)』という書籍で学んだ世界中の地域社会の知恵が大いに役立ちました。

そうした、近代科学が切り捨ててきた風土や伝統の中にこそ、生態系と共生する高度な合理性が隠されています。机上の理論だけで完結させず、自らの手足を動かして土に触れ、現場の多様な生き方から学ぶこと。この「現場主義」が、リベラルアーツを単なる教養で終わらせないための命綱だと思います。


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