
東京女子大学・太田 邦史 学長インタビュー
7.問いを発せなくなった若者たち―「コスパ時代」に残された教育課題
ーー ありがとうございます。もう一つ教えて下さい。先ほど、批判的思考、論理的思考、あるいは科学的な思考の重要性についてのお話しがありましたが、そもそも、学問が始まるには、最初に「問い」がないといけませんね。その初発・初動というのは、ロジカルに決まるのではなくて、どこかから何かがポンと出てくる。その意味で、学問や研究には、偶然性に期待するというゆったりとした構えも重要であると思うのです。しかし、今の「コスパ・タイパ」の世の中では、無駄なことはなるべくしない方がいいという文化が、若者の間に根付いているようにも感じます。
また、目立つことをリスクととらえることもあるようで、それだとイノベーションは期待できません。金沢大学の金間大介教授の本のタイトルを借りれば『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』(東洋経済新報社)と。
太田:それはね、よくわかります。
ーー 自分の意見を述べて目立つことが「悪目立ち」のリスクに感じられる。そういう文化が内面化されてしまえば、初発の問いを繰り出す、疑問に思うことをストレートに発言することができなくなるだけでなく、「批判」(批評)すら「非難」(難癖)に置き換えられてしまう。今の若い人たちはとても素直で、常に現状肯定的に見えるのは、問うことすら難しくなっている閉塞感の現れなのでしょうか。
太田:これは「反転授業」であらかじめ前提知識を共有して発言を促したり、学生同士で質問をすると「加点」をしたりといった工夫によって慣れさせることも重要なのかもしれません。今の子たちは、最初はやはりインセンティブがないと実践に踏み出せないので、心理的安全性を確保した設計の元で、問いを発する練習を積み重ねるしかないでしょうね。大学教育だけでなく、初等・中等教育を貫く大きな課題の一つかもしれません。
(インタビューおわり)
【おすすめの本】
インタビューの最後に、太田学長が影響を受けた本、若い人に読んでほしい本や大学関係者に向けたおすすめの本をうかがいました。
『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル 著 池田香代子 訳 みすず書房
〈わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。
では、この人間とはなにものか。
人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ〉
「言語を絶する感動」と評され、人間の偉大と悲惨をあますところなく描いた本書は、日本をはじめ世界的なロングセラーとして600万を超える読者に読みつがれ、現在にいたっている。
太田 邦史 氏 プロフィール
【学歴】
1985年 東京大学理学部生物化学科卒業
1990年 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了 理学博士
【職歴】
1991年 理化学研究所 バイオデザイン研究グループ研究員(~2000年)
2003年 理化学研究所 遺伝ダイナミクス研究ユニット・ユニットリーダー(~2006年)
2006年 理化学研究所 太田遺伝システム制御研究室 准主任研究員(~2007年)
2007年 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系教授(~2026年)
2019年 東京大学大学院総合文化研究科長・教養学部長(~2021年)
2021年 東京大学執行役・副学長(学術長期構想、入試企画、情報、IR担当)(~2022年)
2022年 東京大学理事・副学長(教育、情報、DX、IR担当)(~2024年)
2024年 東京大学執行役・副学長(総長特命、学術長期構想、入試企画)(~2026年)
2026年 東京女子大学学長、東京大学名誉教授(現在に至る)
【著書】
単著『自己変革するDNA』(みすず書房)2011
編著『キャンベル生物学(第9版)』(丸善出版)2013
編著『理系総合のための生命科学(第3版)』(羊土社)2013
単著『エピゲノムと生命』(講談社ブルーバックス)2013
単著『「生命多元性原理」入門』(講談社メチエ)2018
その他、共著等多数。
【論文、受賞歴】
多数につき省略。
東京大学では、遺伝的組換えの開始機構、非コードRNAやエピジェネティクスを介した遺伝子制御機構の解明に加え、人工抗体の合成技術や大規模ゲノムDNA改変技術の研究・開発を行ってきた。行政面では、リベラルアーツ教育を担う教養学部の学部長と、全学の教育と情報を担当する理事・副学長を務め、教養学部の後期課程学科改組や新型コロナ感染症対応、全学学部教育改革、新学部(UTokyo College of Design)構想立案・調整、大学教育における生成AIへの対応、全学DXの推進、入試企画、IR/大学ランキング等を担当した。
インタビュー KEI大学経営総研 主任研究員 KEIHER Online編集主幹 原田 広幸


