東京女子大学・太田 邦史 学長インタビュー

5.リーダーほど教養がいる ―古典、宗教と科学

東京女子大学は、「キリスト教の精神をもって人格形成の基礎とし、リベラルアーツを柱とする女子高等教育を行う」という建学の精神のもと、「私立東京女子大学」として創立された。「犠牲と奉仕」の精神を大切にするなど、教養人が備えるべき人格教育の一環として宗教を位置付けている。

太田:たとえば東大でも、三井不動産と組んで東京大学八重洲アカデミックコモンズでリカレント講義を開講しています。三井不動産の方の話では、経営者・管理職になると、歴史や哲学などへの関心が高いようで、人文社会科学をもう一度学び直したいというニーズも極めて高いようです。

経営者やリーダーは、孤独なんですよね。データがあることやデータを分析することと、自ら価値判断をくだすことは全く別ですから。誰かに聞いてどうにかできる問題というのは悩む必要もない。自分なりに知識と過去の経験だけを頼りに「決断」をしなければいけない。そういった時こそ、歴史や哲学に代表される人文学が大事になってくる。トップに立つ人ほどリベラルアーツが重要だという認識をお持ちなんです。その時では「もう遅い」とは言えませんが、早く気づいておく方が良いに決まっています。


太田:そのようなもので、すぐに思いつくのは『聖書』ですね。信仰のあるなしに関わらず、聖書を読むことは大いに役立ちます。というのは、特に『旧約聖書』に顕著ですが、大昔からの人間のドロドロした部分に関する話が書いてある。「こういう妬みや嫉みがある」とか、「こういう時にはひどい仕打ちにあう」とか。聖なるものの話だけではなく、人間的な、負の部分も含めた話の連続です。聖書を読んでいると、神秘的な意味ではなく、西洋世界の仕組みがわかり、世界情勢が読めるようになります。

太田:私がそういう分野の研究者になったのも導きなのです。私が博士課程を出たとき、もともと生物進化や、DNAの再編成についての研究をやるつもりはなかったのです。大学のポストに就く前に理化学研究所に勤務したのですが、そこでのテーマが生命の継承と多様化の分子メカニズムでした。祈りの中で「この分野でやるという道は示されたが、大丈夫なのか」と問いましたが、その道に進めと示されました。現在では両立について問題ないと考えています。

太田:さすがに、そこまで行けるかどうかはわかりませんが(笑)。でも、遠藤周作も書いてますよね、踏み絵を踏んでも「許される」と。あのような小説(遠藤周作『沈黙』)を書くことで読者に伝えたいメッセージと共通するものがあると思います。宗教も科学も、壁を作り、他者を排除するのではなく、もっとおおらかで、寛容なものなのではないでしょうか。キリスト教の本質も、そのようなおおらかさにあると思います。愛による許しが本質です。


太田:その問題は、決して妥協とかそういう次元のものではなく、宗教とは本来そういうものなのではないでしょうか。多くの学生は、ノン・クリスチャンですが、「人間を大切に考える」とか、「愛の精神」とか、そのような考えが、人格形成において活かされればよいのだと考えています。本学は、「犠牲と奉仕」という精神を大切にしています。自分のためではなく、人のためにサービス(奉仕)を行なうという自己犠牲的な精神は、今の日本に減ってきてると思われますが、そのような理念を実現できる人を一人でも多く輩出できるようにするのが、本学のキリスト教的なミッションだと考えています。

過激な極端に走らず、冷静に考えることができるようになるのが重要なのです。自分で考えて人に流されないで行くっていうことがとても大事なんだと思いますね。そのためには、やはり一人ひとりの教養です。「リベラルアーツ」は人を「解放」(liberation)することでもあるのですから。人に支配されるのではなく、自分を桎梏(しっこく)から「解放」して、個としての自分を作る。そういった能力を開発することが大学の役割なのだと思います。

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