
東京女子大学・太田 邦史 学長インタビュー
2.異分野の交わりで知的好奇心を刺激する―生命科学×哲学とAIが導く「新しい教養」
東京女子大学では、専門性を軸にしつつも「複数の視点」をもって課題に向き合う力を養うため、「他学科科目の履修」を必修としている。また、異なる分野を専門とする2名の教員が1組となって授業を行う『知のかけはし科目』を4年かけて履修することを学生に課すなど、異分野の学びの化学反応を期すユニークな取り組みを行なっている。太田氏は、さまざまな分野の人々が交差する教養学部を「アテナイの学堂」と呼ぶ。東京女子大学の現代教養学部では、専門の壁を取り払い学びの化学反応をさらに推進しようとしている。
―― 太田学長は、ご著書『「生命多元性原理」入門』(講談社選書メチエ)で、多様性ではなく「多元性」を説かれていますね。そこでは、ジャック・デリダとか、エマニュエル・レヴィナスとか、哲学者の話が出てくるので少し驚きでした。生物学・生命科学と哲学を高いレベルで結びつけることを実際に追求されている。そのような個人技は、東京女子大学の教育・研究の実践においても展開されるのでしょうか。
太田:ありがとうございます。おっしゃる通り、かつていろいろな人文社会系の学問、高名な哲学者や社会学者など、非常に多くの研究者と交流するなかで、理系の学問の真髄の部分が、現代思想とよばれる哲学思想と関係があるとわかったのです。それで、『「生命多元性原理」入門』を書くことになりました。
大学の教養学部というのは、いわば「アテナイの学堂」です。さまざまな分野の人たちが、自由闊達に自分の専門を持ち寄って話ができる。もちろん、東京女子大学も同じで、「アテナイの学堂」が実現されている。単純に専門を学んだり研究したりするだけでなく、むしろ専門という壁を打ち破っていくような研究が出てきやすくなります。そうなることで、学生も刺激を受け、創発が起こっていくと思うのです。
―― なるほど。ただ、大学院レベルの研究になると、やはり査読付き論文に通るかとか、研究費がでるとか、伝統的な学問分野で何かの実績を出さないといけないと考える若手研究者も多いようです。「学際的な研究」や「文理融合」とは、文科省が掛け声としては言っているけれども、研究者レベルでは本音では「距離を置きたい」という意識があるんじゃないかなと思うのです。
太田:実情はおっしゃる通りです。私は前任校で「カレッジ・オブ・デザイン」という新学部構想に関わりました。できるだけ専門の壁を取り払いたい、「タコツボ化」と揶揄される現象を取り除いていきたい、と思ってやってきました。それでも、やはり「学部」の壁は高く固いものです。歴史的に「学部」とは、もともと一つの大学のようなものなのですから。
一方、東京女子大学は、現代教養学部の一学部制です。学生から見るとちょっとわかりにくいかもしれませんが、変革が可能なサイズ感というものがあるのです。これまでの伝統を踏まえつつ、新しいリベラルアーツ教育を駆動できるのではないかと考えています。
一つの大きな鍵は「AI」です。AIはあらゆる分野の学術に変革を迫ることは間違いありません。AIによる変革速度は著しく、多くの大学はキャッチアップできていません。トップに立つ者が迅速に判断しながら舵を切っていくことが重要になってきます。
その結果、文系・理系の区別に関係なく、あらゆる学問の基盤となるような「新しい教養」の出現も予想しています。そのような学びがあれば、4年間の学生に授けられる付加価値も最大化され、人間としての成長にも寄与できるのではないかと思います。
―― AIは手段としてだけでなく、新しい教養として学ぶべき学問分野でもあり得ますね。それから、もう一つ、太田学長は生命科学がご専門です。特に「多元性」というキーワードに照らして、生命科学を教養として学ぶ可能性があるとしたら、そこにどういう意義や目的を見出せるでしょうか。
太田:我々人間はみんな「生物」です。だから、生命科学を本質的に理解しておいた方がいいというのが私の基本的な考えです。たとえば、医学・医療も栄養学も、食生活、日常生活含めて、すべてが生命科学の知識の上に成り立っているとも言えるわけです。生命科学が欠如した知識だけでは、生きていくのは無理とまでは言わないまでも、困難が伴うと思います。
私は、『エピゲノムと生命』(講談社ブルーバックス)という本も書いています。親が育った環境が子や孫に継承されていくという「環境影響」が移っていく話を説明しています。「エピゲノム」は、ゲノムレベルでも多様性が生まれるという考え方につながりますが、まだまだ一般教養としては知られてないことがたくさんあります。しかし、ここを理解することは、次世代への継承の意味を考えることにつながるのです。
▶次ページ:即戦力は陳腐化する―AI時代に問われる「自分の頭で考える力」


