
奈良女子大学 高田 将志学長インタビュー[後編] -女子大初の工学部がもたらした新たな風と、社会で輝く「質実剛健」な女性たち-
■ コラム② 本の世界と研究と、好奇心とユーモアと
――高田先生がこれまでに出会ってきた本で、印象に残っているものや、大学生に薦めたいものをぜひ教えてください。
まず、『パーキンソンの法則』を挙げたいと思います。1958年に初版が発表された、非常に古い著作です。

『パーキンソンの法則』(高田学長私物 撮影:KEI大学経営総研)
実はこの本は、私が大学一年生の時の、英語の授業のテキストでした。その授業において先生が、「この一文の意味がよく分からない」とおっしゃったのを、何十年経った今でも鮮明に憶えています。
Nor does it make the slightest difference whether he learned his politics at Harrow or in following the fortunes of Aston Villa.
(Parkinson ,C.N.(1986). Parkinson’s Law: Or the pursuit of progress. The Penguin Business Library, page 53)
テキストとして使用していた本には専門家の注釈が付されており、それに則した翻訳も当然可能でした。しかし、 “ Aston Villa ” は「アストン荘」、 “ following the fortunes ” は「遺産相続」を意味するというその注釈に従ってしまうと、どうにも文意が通じなくなってしまうのです。翻訳本を参照しようにも同様の訳出がなされていて、授業担当の先生も困っておられました。
ところが、私にはこの一文の意味がすぐにピンと来ていました。それは、“ Aston Villa ” がロンドンの有名なサッカーチームの名称であることを知っていたからです。
当時の私は熱心なサッカーファンで、その「オタクぶり」は、現在ほど世界のサッカーの情報が日本に入ってきていない中、神田の古本屋に通って海外のサッカーマガジンを購入し、辞書を引きながら読んでいたほどでした。だから、この一文の意味が、「政治をハロウ校で学んだか、アストン・ヴィラの勝敗に一喜一憂する中で学んだか、その違いはまったく重要ではない」というようなことだと分かったのです。
この体験を通して私は、どんなに高名な学者でも、知らなければわからないことがあるのだと痛感し、広範な知識は自身の理解を助けると学びました。その意味でも非常に印象深い一冊です。
また、本書には強烈に皮肉の効いた内容も多く見られます。そうした皮肉の効いたジョークは、日本の著作ではなかなか見られません。とても面白いと思いました。
日本の作家では筒井康隆さんの著作に、そうした皮肉の効いた一面があるように感じます。『文学部唯野教授』など、たいへん楽しく拝読しました。ほかにも、宮部みゆきさんのミストリーはほとんど読んでいますし、新田次郎や松本清張の作品も愛読しました。また、中高生向きの本だと、清水義範さんの『蕎麦ときしめん』や『どうころんでも社会科』、『国語入試問題必勝法』、『おもしろくても理科』などが面白くておすすめです。
私の研究分野に近いところでは、故杉村新教授の『大地の動きをさぐる』(岩波書店、1973年)は素晴らしいです。小・中学生向けに書かれた本ですが、専門家が読むにも堪えるほど、その内容は充実しています。初版発行から50年以上経った今でも、学術的な輝きはまったく衰えていません。
本書の内容は、先述の活断層の話とまさに関係しています。山や平地は何十年経っても姿を変えずそこに在るように見えますが、実際は断続的に地形変動を繰り返しています。けれども、通常、私たちは大地が動いている様子をこの目で見ることはほとんどありません。では、「大地は動いていない」と仮定して、調査をしてみようじゃないか。こうした切り口で、逆説的に、大地の変形活動が絶えず進行していることを示していきます。
私が本書と出会ったのは中学1年生の時です。学校の先生が示す課題図書のうちの一冊でした。中学生の私は、当然、自分が将来地理学の道に進むなど想像もしていません。だから、この分野に足を踏み入れ、本書の存在を改めて知ったとき、自分の本棚を見て「この本なのか」と驚きました。
杉村教授は地球物理学や地質学をご専門とされていましたが、地形学にも非常に明るい方でした。本書はそのような優れた研究者だから書くことのできた名著であると思います。また、私自身も研究者となり、その視点から改めて本書を読むと、「杉村教授ほどの方が、小・中学生向けによくこんな面白い本をお書きになったな」と、畏敬の念すら覚えます。
本書は、今も昔も、私にとって非常に印象深い一冊です。私の研究室の本棚には、中学生の時に読んだまさにその本が今も並んでいます。
同じく研究分野に関わるところで言うと、『氷河時代の謎をとく』(J.キンブリー・K.P.インブリー著、小泉格訳、岩波書店、1982年)も非常に面白いです。私は学部生の頃に本書と出会い、自身の研究に大きな影響を受けました。私の南極への興味は、本書に由来すると言っても過言ではありません。
本書は氷河時代に関する先端的研究の成果を物語調で綴っていますが、その書きぶりにはどこか、『パーキンソンの法則』に通ずる皮肉めいたものを感じます。たとえば、氷河時代に関する重要な研究発表がなされた学会でのエピソードです。そのとき学会に出席していたのは、発表者と、後に共同研究をして重要な役割を担う人と、あと2人くらいだったというような記述があります。しかも、そのうちの一人は英語がわからなかったとのこと。研究に関する記述はもちろん、こうした皮肉めいたエピソードを織り交ぜつつ展開される論に面白さを感じながら読み進めるうち、気がつけば私も、その方面の研究がしたいと思うようになっていました。
――先生の南極や氷河に関する研究はここから始まっていたのですね。ちなみに、なぜそんなに学会の出席者が少なかったのでしょうか。
大規模な学会ともなると、会期は1週間ほど続きます。当然、後半の日程ほど皆疲れが出てきますよね。加えて、地理学者や地質学者はいろいろな土地に関心を持っている生き物です。天気の良い日は学会を放り出し、出掛けてしまうこともあります。その結果、学会会場にほとんど人がいないという事態が、時々起こり得るわけです。
――なるほど、そういうことでしたか。しかし、学問においては、ご紹介いただいた本に見られるようなユーモアや遊び心が意外と重要だったりしますよね。
実は、私はユーモアに溢れたものが大好きなんです。洒落たことを自分でも言えるようになりたいものですね。
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奈良女子大学 高田 将志 学長
プロフィール:
1959年生まれ。富山県出身。
1983年 東京大学理学部地学科卒業。1985年 同大学大学院理学系研究科地理学専攻 修士課程修了(理学修士取得)。1990年 同博士課程 単位修得退学。専門は自然地理学、地形学。
東京大学大学院理学系研究科研究生、東京大学総合研究資料館非常勤研究員を経て、1995年 奈良女子大学文学部に助教授として着任。2008年同教授。2012年 同大学研究員教授。以降、同大学において附属中等教育学校長、共生科学研究センター長、大学院人間文化研究科長、大学院人間文化総合科学研究科長を歴任し、2024年に学長に就任。現在に至る。
また、1995年7月~1997年3月 第38次南極地域観測隊員、2001年4月~2002年3月 国立極地研究所助教授研究系併任の経歴を持つ。
著書:
● 高田将志 監修:『3D地図でわかる日本列島地形図鑑』,成美堂出版(2019)
● 岡田篤正・東郷正美編(岡田篤正・東郷正美・田中真吾・植村善博・鈴木康弘・高田将志・相馬秀廣分担執筆):『近畿の活断層』,東京大学出版会(2000)
● 田代 博・藤本一美・清水長正・高田将志:『山の地図と地形』,山と渓谷社(1996)
インタビュー:満渕匡彦(KEI大学経営総研 上席研究員)・原田広幸(同 主任研究員)・山口夏奈(同 研究員)
執筆・編集 :山口夏奈(同上)


