
奈良女子大学 高田 将志学長インタビュー[後編] -女子大初の工学部がもたらした新たな風と、社会で輝く「質実剛健」な女性たち-
■ 「何でも地理」こそ魅力 高田学長に聞く、地理学の特長と面白さ
――高田先生は自然地理学をご専門とされていますが、人文地理学も含めた「地理学」という学問全体の魅力や特長について、どのようにお考えでしょうか。
地理学は大きく「人文地理学」と「自然地理学」に分けられますが、これらの間には、「研究対象が人間生活と深く関わるものか、それ以外か」、大雑把に言えばその程度の違いしかありません。そのため、他分野の方からは「あれも地理、これも地理、何でも地理」と揶揄されてしまうこともあります。けれども、私はこの【何でも地理】こそ、まさに地理学の良さであろうと思うのです。「至る所に興味の対象があること」、そして、「興味のあるものを何でも研究対象にできること」は、地理学の大きな魅力であると思います。
また、地理学の場合、関心の対象は実際に目にすることができるもの、つまり、「具体的な姿かたちを持つもの」である場合がほとんどです。研究対象のイメージを持ちづらい分野もある中で、地理学の「対象が目に見える」ということは、一般の人にもどのような研究であるのかが分かりやすく、親しみを持ってもらいやすい点で、大きな特長と言えるでしょう。
加えて、人文地理学者、自然地理学者を問わず、地理学に携わる者は皆、「場所」にとても強いこだわりを持っています。「場所が違えば、モノが違う」ということに興味を惹かれて止まないのです。世界共通のものがある中で、「それに当てはまらないものが『どこ』にあり」、それは「『どのような』特徴を持つもの」で、「そこにあるのは『なぜ』なのか」。そうしたことを考えるのが楽しくて仕方ありません。
一般の方でも、場所の違いとモノの違いの関係性を面白いと感じる人は結構いると思います。その意味で、地理学は確かに学問であるものの、比較的とっつきやすさのある分野だと言えるでしょう。日常生活におけるちょっとした驚きや感動が学問的関心へと昇華され、地理学の門を叩いてくれた人も多いように感じています。
――日常的に見られる風景や現象が、研究対象となり得るわけですね。
だからこそ、我々の関心は素朴なものに向けられている場合が多いです。さらに、地理学者には「何にでも興味のある人」が非常に多く、その興味の幅は無限の広がりを見せています。例に漏れず、私の関心の向く先もさまざまです。専門として論文を執筆する分野以外にも、あらゆる対象に探究心をかき立てられています。そのすべてを専門的に研究することは難しいですが、こうした「無限大の興味」を抱かせてくれる点も、地理学の面白いところです。
――無限に広がる研究の可能性にとても魅力を感じました。
「可能性」という点ではもう一つ、研究の一環として世界中を回ることができるのは地理学者の特権です。これには地球上に存在するものすべてが、地理学の研究対象となり得ることが大きく関係しています。どこに行っても目の前には常に、我々の研究の「種」が転がっているわけです。また、世界の自然環境、政治経済、生活文化などに触れることは、地理教育上必要なことでもあります。
私が東京で非常勤講師をしていた時代、「今度、海外調査でこの地域に行くんですよ」と、何気なく同僚の数学の先生に話したら、「地理の方はいいですね、いろんなところに行けて」と羨ましがられました。これはなかなか、他の分野では経験できないことだと思います。
――何でも研究対象にでき、面白みにあふれた地理分野であるにもかかわらず、高校における『地理』の規模感に比べて、大学ではその規模がやや小さく見えるのが不思議です。
それはおそらく、学問分野の「分断」が起こっているからでしょう。特に国立大学において、地理学科は伝統的に、東日本では理学部、西日本では文学部に設置されている場合が多く、いわゆる理系・文系的な別が生じています。その結果、学問分野が自然地理学系と人文地理学系に分断され、地理学そのものの規模感も小さく見えてしまっているのです。実際、歴史学などに比べると教員のコミュニティも作りづらく、私自身もマイナーな道を歩んできました。
しかし、内実としては文理融合的な側面も多く見られます。私の専門は自然地理学ですが、本学では文学部に所属し、学生指導においては自然地理学系のみならず、人文地理学系の研究にもコメントをしてきました。また、学術誌『人文地理』の編集委員を務めていたこともあります。研究者としての私に求められているのは、当然、自然地理学分野における成果ですが、このように広く査読もしてきましたし、そもそも人文地理学分野でも統計を用いるなど、理系的なアプローチは必要です。そう考えると、形式的な分断が生じているだけで、地理学は「自ずと文理融合的である」と言えるようにも思います。
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