
『世界中心の教育 現在へのまなざし』ガート・ビースタ 著 / 上野正道 監訳(東京大学出版会刊)
『世界中心の教育 現在へのまなざし』ガート・ビースタ 著 / 上野正道 監訳(東京大学出版会刊)
測定できるものだけを評価する時代に、教育は何を見失ったのか。「学習」という言葉に隠された罠を、いま暴く。
■本の内容
「学習者中心」でもなく「カリキュラム中心」でもない、子どもが世界と出会う学校とは。デューイ、アレントほか、教育思想史を縦横に論じ、子どもに子ども自身の形成を贈与することの哲学的な基礎、ここにおける教師の役割まで、危機の時代の教育が向かいうる先を清新に描く。
■著者:ガート・ビースタ(Gert Biesta)
メイヌース大学(アイルランド)教授
邦訳に、『民主主義を学習する』『よい教育とはなにか』『教えることの再発見』『教育の美しい危うさ』『学習を超えて』『教育にこだわるということ』『よい教育研究とはなにか』など。
■監訳:上野正道(うえの・まさみち)
上智大学総合人間科学部教授。専門は学校教育学、教育哲学。上智大学卒業後、東京大学大学院で教育学の博士号を取得。大東文化大学や海外の大学での勤務を経て現職。
■目次:
日本の読者へ(ガート・ビースタ)
序 文
謝 辞
第1章 子どもたちをどうしようか
主体として存在すること/「教育」/子どもたちをどうしようか/では、子どもたちをどうすればいいのか/「アウシュヴィッツ」以後の教育/教育の幅広い任務/本書の概要/現在へのまなざし
第2章 学校にはどのような社会が必要か
近代の学校、解決策か問題か/質の問題/教育の目的とダイナミクス、なすべきことをなす/近代の学校の二重の歴史/問いを変える/衝動的な社会の台頭/教育の緊急性/それでも学校は学校たりうるか
第3章 パークスとアイヒマンのパラドックスと、二つの教育パラダイム
教育の現実について一般に広まっている記述は完全であると考えられるか/パークスとアイヒマンのパラドックス/教育は変化をもたらすことができるのか/パラダイム1――形成としての教育/私たちは直接的に教育ができるのか/この構図の中で、何が失われているのか/パラダイム2――実存的な教育/言葉を見つける――ビルドゥングとエアツィーウング、この区別の重要性/教育の実存的な仕事/最後の考察
第4章 主体化を再考する
一つの「複雑怪奇な事件」/教育目的の三つの領域/主体化――自己であれ!/自由、存在、世界の限界/主体化する教育/主体化ではないもの/教育のリスクと、それが美しい理由
第5章 学習化・贈与・教えることの贈り物
学習化の再検討/与えられるということ/贈与の探究/マリオンの原理/第三の還元/事象に対する二つの態度/さらされること/教えることの三つの贈り物/教えることの第一の贈り物――あなたが求めていないものを与えられるということ/教えることの第二の贈り物――二重の真実を与えること/教えることの第三の贈り物――あなた自身を与えられるということ/結語
第6章 形態が問題である――教育の重要な点(を指し示すこと)について
教えることの形態――注意を向け直すこと/教育の操作理論/教育、教えること、学習の不可視性/指し示すことの道徳性/結語
第7章 世界中心の教育
世界と出会う――驚きの音/触れることと触れられることについて/意図していない注意/アナモルフォーシス――発見される場所を発見する/「教えられること」の可能性へと向けた教えること/結語
参考文献
訳者解説(上野正道)
索 引
定価 4,510円(税込)
刊行日 2026年5月2日


