
広島市立大学 前田 香織理事長・学長インタビュー
■ 生成AIによって「考えなくなる」リスク
--生成AIについてぜひお聞きしたいと思います。今、生成AIが爆発的に進化している背景には、大規模言語モデルの成功があります。ネットワーク上のビッグデータを深層学習させた結果をアウトプットとして出しているものですよね。
活用が一般的になったChatGPTにしても、人間からの問いかけにAIが応答することで、解答が得られる形になっています。AIに問いかける「プロンプト」を上手く作れないと、AIもきちんと答えてくれないわけです。
そう考えると、現在の情報教育においては、数理的な能力はもちろん重要ですが、より先鋭的に言語力とか、問いを発する力というものも必要なのではないか、と思うのですが、先生はどのようにお考えでしょうか。
前田:生成AIというのは、うまく活用すれば、いろいろなことがよくできるツールとして、これからもどんどん使われてゆくでしょう。ただ、言語力というのは、必ずしも生成AIを上手く使うために磨くものではないと思います。
生成AIの進展で最も懸念していることは、「考えなくなること」です。何でもすぐ答えをくれて、それが正しいか正しくないかは別として、とにかく、それらしいことが答えてもらえる。とても楽なので、深く考える必要がなくなってしまいます。本当は、アウトプットを人間が吟味することが必要なのですが、そこで止めてしまうと、それ以上考えなくなる。こうなることが一番心配です。そもそもプロンプト(問いかけ)が適切だったのかも気にすることなく答えを鵜呑みにしてしまいます。
「考える」という行為には、言語力も必須です。問いを発する、作文するときには、的確な語彙や、表現力が必要です。どの場面でも考えるプロセスが必要と分かった上で、生成AIを「考えるプロセスの補助ツール」として使うのならいいのです。ところが、生成AIに考えることを委ねてしまうと、どんどん思考力は減退してしまいます。
今は、SNSで「いいね」がすぐにつくとか、ネットで聞いたら何でもさっと答えてくれるとか、そういう反応の良さを求めている人が多いように思います。たぶん、そういう人たちは、時間がかかる作業をとても嫌がります。ChatGPTなどが出してきた解答を、その真偽を考えることもなくはじめから「正しい」と鵜飲みにしてしまう人もいます。
そこで、今年の入学式の式辞では、「検索サイトやAIですぐに答えを求めたくなることもあると思います。しかし、大学に入学したからには、“じっくり考えること”に取り組んでください」と話しました。
生成AIは万能のように見えますが、その解答は、蓄積されている過去の情報やそれをもとにした学習情報によるものです。例えば、今夏は、熊がいろいろなところで出没して、皆が困っていましたよね。でも生成AIは出没するところを即答してくれません。過去に例がなく、データもないことだからです。生成AIも育つことで、だんだん使えるようになります。
まとめると、生成AIの今のデメリットは、万能と思い込んで使うことで「考える」という、時間がかかっても大事な行為を、ないがしろにしてしまうところだと思います。使い方をうまく指南できなかったのは、このようなツールを開発してきた私たちにも責任があるのかもしれません。
通信アプリですぐに返事が来ない、いつも誰かと繋がっていたい、と言っている人がいます。そのような人にとっては、深い人間関係でなくても、とりあえず誰かとつながっていること、すぐに返事が来ることの方が安心で重要なのでしょう。そういう即応性がほしい人が、時短のために生成AIを重宝しているかもしれませんが、使い方を間違えてはいけません。
--社会心理学の山岸俊男さんは、安心というレベルで人間関係を構築する「安心社会」と、信頼関係でつながる「信頼社会」を区別し、日本は安心社会だと言っています。そういったことが、情報の入手の仕方やSNSの関係性の作り方にもつながっているかもしれません。
前田:現代の多くの人は、答えが返ってきたらそれで良しとし、深いところまで思考を巡らせることをしなくなってきています。授業を受けるにしても、単にテストでいい点を取ることを目標にするのではなく、そこでじっくりと考える経験をしていただきたい。そして、深い思考によって身に付いたことを、世界にどう生かせるのかを考えてほしいです。
自分は、この世界の一人としてどう働くのか。この分野なら、自分は何に貢献できるのか。自分の存在価値をどうアピールすればよいか。これらのことを、学びを通して考えていってほしいと思います。
大学には入試があって、勉強は入試を突破するためにする、というのが現実かもしれませんが、その結果、大学に入ってからどうしたいのか見いだせず、学ぶ目的が希薄になり、どうしても即効性のある答えを求めることになってしまうのかもしれませんね。それから、情報が多すぎるというのも問題なのかもしれません。繰り返しになりますが、じっくりと考えて大学生活を過ごしてほしいです。
--最後に、先生からのお勧めの1冊として本をご紹介いただけますでしょうか。学生向けでも、大学の先生向けでもけっこうです。今先生が読まれている本でも、昔読まれたものでもよいので、ご紹介ください。
前田:ちょうどタイムリーな本を紹介します。昨年(2024年)に刊行された、村井純先生(公立大学法人広島市立大学理事、慶應義塾大学名誉教授、デジタル庁顧問)の『インターネット文明』(岩波新書)です。
私がインターネットと出会ったのは、本学に着任する前に、広島の放射線影響研究所に勤めていたときでした。研究所にインターネットを導入しようとして、相談をもちかけたのが村井純先生でした。村井先生とは、それからのお付き合いなので、もう30数年になります。
そのご縁から、私はインターネットを専門にすることになりました。広島地域のインターネット環境整備を担当したときにも、村井先生にお世話になりました。
村井先生は、インターネット関連の書籍を何冊も出されていますが、昨年、先生がこの本を出されたとき、「インターネットはもはや“文明”となった」と感慨深く思ったのです。この本は、内容的にも読みやすく、技術的なことも書いてありますが難しくありません。インターネットという「技術」が、どのように「文明」になっていったのか、ぜひ広く読んでいただきたいと思います。
前田 香織(まえだ かおり)広島市立大学 理事長・学長 プロフィール:
1982年、広島大学総合科学部総合科学科卒業。博士(情報工学)。広島市立大学情報科学部助手などを経て、2000年、同大学情報処理センター助教授、2007年に同大学大学院情報科学研究科教授。情報科学研究科長・情報科学部長などを歴任。特任教授(CDO)、理事長補佐も務め、2025年4月、理事長・学長に就任。専門は情報ネットワーク、インターネットアーキテクチャ。
インタビュー:原田 広幸(KEI大学経営総研 主任研究員)
執筆・編集 :小松原潤子(KEI大学経営総合研究所 編集委員)


