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複雑・多様化する社会の構造的な課題を提起し、これからの高等教育のあるべき姿などを問い、課題解決の方法を提言していく。

man in toga holding diploma

大学が育成する人物像とは  ~大学経営のビジョンおよび未来の大学

学長アンケート2024-2025【Ⅱ.大学経営のビジョンおよび未来の大学(2)】


II. 大学の未来に関する集計結果

この部門では、大学の連携、育成を目指す人物像、高等教育の動向、大学の役割に関する学長の認識についての集計結果を分析しています。

Ⅱ-2.貴学が育成を目指す人物像として、最も当てはまるものを選んでください

【選択肢】(択一式)
A. グローバルレベルで活躍できるトップリーダー、世界的に活躍できる研究者やエリート
B. 国内外の各分野でリーダーとして活躍できる人
C. 地域や地元の発展に貢献できる人
D. 教養豊かで自分なりの生き方を追求できる自律した個人
E. 経済的・社会的に自立できる専門家・専門的職業人

大学全体で「育成したいと考える人物像」の回答分布を示します。

大学全体(N=343)件数割合(%)
A. グローバルレベルで活躍できるトップリーダー等205.8%
B. 国内外の各分野でリーダーとして活躍できる人8524.8%
C. 地域や地元の発展に貢献できる人14943.4%
D. 教養豊かで自分なりの生き方を追求できる個人4613.4%
E. 経済的・社会的に自立できる専門家等4312.5%
C.「地域や地元の発展に貢献できる人」が 圧倒的最多(43.4%)。全国の大学では、地域貢献に重点があることがはっきりと出ている。質問Ⅱ-1の結果とも整合的。A「エリート層」は 6% 未満であり、エリート育成を第一義に掲げているのは、ごく一部の大学だけとなっている。

(1)回答分布の概要

343件の有効回答において、最も多かった選択肢は 「C.地域や地元の発展に貢献できる人」(43.4%)でした。次いで「B.リーダーとして活躍できる人」(24.8%)、「D.教養ある自律した個人」(13.4%)が続く。最も少なかったのは「A.グローバルレベルのトップ人材」(5.8%)となっています。

(2)主要な傾向

① 圧倒的な「地域貢献」志向

「C.地域や地元の発展に貢献できる人」を選んだ大学は、149件(43.4%) と、全体の 約4割強 を占めています。さらに、人口の多い都市部(東京、神奈川、大阪、愛知の4県)にのみキャンパスをもつ大学を除外して集計した場合(下の表に示した)には、「C.地域や地元の発展に貢献できる人」は、48.6%約半数に近づいてきます。大学が掲げる教育理念において、「地域志向」「地域社会との協働」が主流となっていることが、人勢育成方針にも示されています。

人口の多い都市部を除く(N=251)件数割合(%)
A. グローバルレベルで活躍できるトップ人材114.4%
B. 国内外の各分野でリーダーとして活躍できる人5622.3%
C. 地域や地元の発展に貢献できる人12248.6%
D. 教養豊かで自分なりの生き方を追求できる個人2811.2%
E. 経済的・社会的に自立できる専門家3413.5%

やはり「リーダー育成」は重要なテーマ

次点は「B. 国内外の各分野でリーダーとして活躍できる人」で、 85件(24.8%) と一定の存在感を維持しています。1位の「C.地域や地元の発展に貢献できる人」149件(43.4%)と合わせると68.2%となり、7割近くを占めることになります。日本の大学の大多数が、大学で育成するのは「エリート」や「国際的トップ」ではなく、あくまで国内外での 実務的・中核的リーダーであると考えていることが見えてきます。

③ 「教養」「自律」を重視する大学も一定数存在(D:13.4%)

「D. 教養豊かで自分なりの生き方を追求できる個人」は 46件(13.4%)でした。近年の高等教育政策(学修者本位、well-being 等)の潮流とも一致していると言えます。大学は単なる「就職予備校」ではなく、個人としての成熟や価値観の形成 を大学教育の核に据えようとする考えの表れと理解できます。

専門的職業人育成(E)は12.5%でそれほど多くない。

「E. 経済的・社会的に自立できる専門家」を育成すると答えた大学は 43件(12.5%)でした。この数字は、専門職大学や特定の学部系統を持つ大学の回答によって支えられてることが予想されます。そこで、【Ⅰ-6.学部系統】の質問で以下のいずれかが含まれる大学(リベラルアーツ系)を 除外してみると、以下の結果が得られました。

除外した大学:A. 文・人文、B. 社会・国際、C. 法・政治、G. 理、L. 総合・環境・情報・人間 (=リベラルアーツ系の学部系統を有する大学

上記の作業を経た大学群は、職業専門系の学部のみから構成される大学とみることができ、110校が該当しました。これらは、アンケートに回答した大学全体の約3割(110/345)(32%)を占めています。この110校は、職業専門系の大学であることから、多くが「E. 経済的・社会的に自立できる専門家」の育成を選ぶことが予想されますが、「C. 地域や地元の発展に貢献できる人」を選んだ大学が51.8%ともっとも多数で、「E.」を選んだのは、25件(22.7%)にとどまりました。大学全体の43件(12.5%) よりは多いものの、2割強の水準です。これは、高等教育における大学と専門学校の役割の違いを大学が認識していることの現れと推測できます。

職業専門系の大学(N=110)件数割合(%)
A. グローバルレベルのトップ人材65.5%
B. 国内外の各分野でリーダーとして活躍できる人1917.3%
C. 地域や地元の発展に貢献できる人5751.8%
D. 教養豊かで自分なりの生き方を追求できる個人32.7%
E. 経済的・社会的に自立できる専門家・専門的職業人2522.7%

なお、「E. 経済的・社会的に自立できる専門家・専門的職業人」を選んだ大学群には、医・歯・薬・保健系(J)農・獣医・水産(I)生活科学(K:被服・児童・住居など)芸術・スポーツ科学(M)工学の一部・看護・リハビリなどの実践系学部の機能が中心の学部が多く、公立大学(特に保健・看護・地域医療系)も含まれています。

⑤ 「国際的トップ人材育成(A)」はわずか 5.8%

「A. グローバルレベルのトップ人材」の育成を掲げる大学は 20件(5.8%) でした。全体からすると、かなり少数派です。この結果から、グローバルトップ層の育成は、多くの大学にとって「現実的な掲げ方」ではないということが読み取れます。自校のポジションを冷静かつ現実的に認識しているとも言えるでしょう。トップレベルの研究者の輩出や世界的リーダー育成を教育理念に掲げている大学が6%弱であるという結果が、行政の高等教育政策の方向性と一致しているのか否か、このあたりの議論が今後も必要となるでしょう。

(3)全体集計結果から得られる示唆

① 大学教育の目的は「地域 × 基礎教養 × 中核的リーダー育成」が中心

全体を俯瞰すると、大学の教育理念は、地域社会に貢献できる人、中堅〜中核的リーダー、自律的に生きられる個人の育成、といった領域が主流となっていることがわかります。大学の社会的役割が「社会貢献 + 汎用的能力育成」へとシフトしている と読むこともできます。

② グローバルエリート育成は限定的

A の割合(5.8%)は極めて小さい。国の政策(G30、SGU 等)とは対照的に、大学現場での「掲げられる理想像」としては、グローバル人材育成は一部の大学に限られるものとなっている。

③ 学生の多様性や個人の価値観重視の流れが根付いている

D(13.4%)の存在からも、一人ひとりの生き方、自己実現、教養と人格の形成、といった方向性が軽視されず、一定割合で教育理念に組み込まれています。これは 学生の価値観の多様化へ、大学が適応しようとしていることの現れとも言えます。

(4)大学が描く「育成する人物像」はどこに向かっているか

「Ⅱ-2.貴学が育成を目指す人物像」への回答結果が示すのは、多くの大学が描いている「育成したい学生像」は、グローバルエリートや、トップ人材とは限られず、地域社会に根差し、自律的で、適切にリーダーシップを発揮できる実務的・市民的リーダーである、ということです。大学がユニバーサル化した今、多くの大学にとっての学生は、もはやエリートではない「普通の人たち」であり、そのよう人たちが地域で生き生きと活躍できるように教育機会を与えるのが大学の役割になってきています。高校でいう「普通教育」に相当するものが大学に求められるようになってきた機能なのかもしれません。


分析・記事 原田広幸(KEI大学経営総研)

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