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河合塾講師が語る!2025年度新課程入試 ―地理編―[前編]

思考力を問う問題の典型 -共通テスト『地理総合,地理探究』結果分析⑥

思考力が問われた問題として特筆すべきは第4問 問2。ウェーバーの工業立地論を踏まえて、醤油製造・石油精製・ワイン製造の工業立地を考える問題です。

資料1に示されるウェーバーの唱えた「原料指数」は、おそらくほとんどの受験生にとって初見の数値です。しかし、資料1中の説明を読むことで、どのような数値か理解できるようになっています。この「初見の考え方」に基づき、各製品の製造過程から各工業の立地を考えさせる点で、思考力を問う問題の典型であったと言えるでしょう。また、その工夫の凝らされ様には、「共通テストではこのような問題を出題していきたいのだ」というメッセージを強く感じました。


全体的に、醤油製造の判定はよく出来ていました。醤油の製造過程(「大豆を煮て小麦を混ぜ、食塩と水を加えて発酵させる」)から、醤油は原料よりも製品の重量のほうが重いこと、すなわち、原料指数が小さい製品であることは明らかであり、「消費地近くに立地する方が有利」な工業だと判定できます。

しかしながら、醤油製造の判定が正しくできているにもかかわらず、石油精製とワイン製造の判定を逆にしてしまった受験生がかなり見られました。マーク率も、正解の⑥より、誤りの⑤のほうが高かったです(マーク率:⑤36.5%、⑥正答28.6%)。この低い正答率の原因は何かと考察したとき、本問のポイントである「原料指数」という考え方が、ワイン製造業の立地判定において、誤りを誘発した可能性があると私は考えています。

ワインの原料となるブドウは、搾ることでそのほとんどを液体にできる食材です。そのため、ウェーバーの工業立地論に照らすと、「原料指数」は「およそ1」となり、ワイン製造業は、「原料産地と消費地のどちらかの近くに立地する方が有利とはいえない」ことになります。

しかし、ワイン製造業の立地として、これは誤りです。ワインの原料となるブドウは傷みやすいため、収穫後すぐに加工・貯蔵ができるよう、農場にワイン製造施設が近接します。つまり、ワイン製造業は原料産地立地の工業なのです。また、ブランドが重視されるという点でも、ワインにとって産地は重要な意味を持ちます。これらは受験地理において必ず習得しておくべき「知識」です。

したがって、本問は「知識」先行で、「ワインはA(原料産地立地)だ!」と判定してしまうことも、実は可能ではありました。けれども、原則として求められているのは、「原料指数」に基づく思考プロセスです。そうしたとき、この思考プロセスに則してワイン製造業の立地を考えた受験生ほど、判定を誤ってしまった可能性があります。28.6%という低い正答率に加えて、誤答として⑤が多かったことには、少なからずこのことが関係しているのではないでしょうか。


とは言え、正答率を見るまでは、よく工夫された良問として評価をしていました。「原料指数」という抽象的な概念と、具体的な工業とを関連づけて考えさせる問いである点で、良い問題であることに間違いはありません。ワインの原料指数が「1より“かなり”大きい」と書かれている点に違和感は残るものの、醤油の原料指数が1よりかなり小さいこと、石油が原料と製品で重量がほぼ変わらないことはそれぞれ明らかであるため、問題なく正答を選ぶこともできます。ぜひ良問として挙げたかったところですが、正答率の低さに鑑みると、工夫の余地はあったのかもしれません。良問であり、学力識別も可能な問題を作るのは、簡単なことではありませんね。

例えば、原料産地立地の工業として、「ワイン製造」ではなく「セメント製造」を挙げていれば、受験生が迷うことはなかったと思います。セメントの原料である石灰石は不純物を多く含み、製造過程でそれが取り除かれる重量減損原料の代表です。そうすると、明確に「原料指数が1よりかなり大きい」と言えるようになるため、正答率が上昇し、学力識別も可能となったのではないでしょうか。ただし、原料産地立地の工業の代表格を用いる分、必然的に問題の難度は下がります。

しかし、それはあくまでも本問に限った話です。『地理総合,地理探究』という出題科目全体を見渡したとき、問題の分量、判読せねばならない図表や資料の数はあまりに膨大です。出題側は1問ごとに難度を調整しがちですが、受験生は約30問の問題と戦っているのだということを、忘れないようにしなければならないでしょう。


松本 聡(まつもと・さとる)先生

プロフィール:
河合塾地理科講師。中部地区所属。授業は、講義・演習・ゼミなど幅広く担当。教材作成、入試分析等にも携わる。
愛知大学 文学部 史学科 地理学専修コース卒業。

著書:
『大学受験 ココが出る!! 地理ノート 地理総合,地理探究 改訂版』(旺文社,2023年)
『一問一答 地理 ターゲット 2500 改訂版』(旺文社,2021年)
(共著)『地理用語完全解説G』 著者:伊藤 彰芳/松本 聡/瀬川 聡(河合出版,2019年)
教室シリーズ『松本聡の地理教室』(旺文社,2018年)


インタビュー・執筆・編集:山口夏奈(KEI大学経営総合研究所 研究員)
インタビューアシスタント:原田広幸(KEI大学経営総合研究所 主任研究員)

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