
電気通信大学 田野 俊一学長インタビュー[前編]
「全国の大学のために」――新たな取り組みに見えた電気通信大学の覚悟【独自記事】
電気通信大学は、1918年に無線通信技術者の養成を目的として創設された電信協会無線電信講習所を起源とする、文字通り日本の電気通信分野の草分けの大学です。
現在は、情報・電気・通信を中核としつつ、物理工学、材料科学、生命科学、光科学、エレクトロニクス、ロボティクス、機械工学、メディアなど、理工学の基礎から応用までの広範な研究・教育を行っています。
2020年の学長就任以来、個別学力試験への「情報」の導入、高大接続の多彩なプログラム、デザイン思考・データサイエンスプログラムなど、情報系・理工学系人材育成のための様々な取り組みを牽引する田野学長に、改革への思いを語っていただきました。

【目次】
■ 「情報」の学びで社会は変わる――「情報」を個別試験に導入
■ 過程を評価するCBT試験、入学後の教育にも活用
■ IRTによる入試の可能性と課題
■ 学生の多様性を拡げる高大接続の取り組み
▶後編 生成AIが学生の「家庭教師」になる?これからの大学に求められる教育とは
■ 「情報」の学びで社会は変わる――「情報」を個別試験に導入
――電気通信大学は、2025年度入試の個別試験で「情報」を導入されたことで注目されました。学長として、今回の入試をどのようにご覧になっていますか。

電気通信大学より提供資料を改編
情報入試導入の背景には、大きな思いがありました。高大接続改革で、大学入学共通テストの目玉とされた「英語4技能の民間検定試験の活用」と「数学・国語の記述式問題の実施」が、多方面からの反対を受けて2020年に断念されたことで、その勢いで「2025年度入試からの『情報』の導入」も見送られそうな雰囲気がありました。
入試を変えるとなると、反対意見が多く出ます。例えば情報入試について言えば、「情報を教える教員が揃っていない県がある。それでは不公平だ」と。確かに正論ではありますが、そのために情報入試を断念してはいけない、と思ったわけです。
2022年の高等学校の学習指導要領の改訂で、全ての高校生が情報Ⅰを学ぶようになりました。しかし、それを真面目に学ぶかどうかが問題で、形骸化してしまっては意味がありません。
特に私たちは情報系の大学なので、日本のデジタル化の遅れは身に染みています。ですから、皆にきちんと情報Ⅰを勉強させよう、そのためには大学入試に情報を導入しなければ、ということをずっと言ってきました。
にもかかわらず、国立大学協会で情報Ⅰの共通テストへの原則導入が決まったとき、「導入はするけれど、配点はしない」と言う大学が出てきたのには驚きました。そんなことをしたら、誰も情報を真面目に勉強しなくなってしまいます。
このことをきっかけに、誰かがリスクをとらなければならない、と思うようになりました。皆が情報をきちんと学ぶようになったら、必ず社会は変わります。本学は、小さい大学ではありますが、情報系の「本家」として絶対情報を入れなければならない、ということで、ハイリスクではありましたが、物理・化学と同じ扱いで情報を個別試験にも導入することにしました。
その後、他の公立大学や私立大学でも次々と情報を導入する流れになったので、今後情報入試は拡大していくのではないか、と思っています。
――個別試験で情報を導入された手応えを、どのように感じられましたか。


資料提供 電気通信大学
情報を選択する受験生は、予想以上に多かったです。
個別試験は、先ほどお話ししたように、物理・化学・情報Ⅰの3科目から2科目を選択する形でした。物理と化学を選択した受験生が63%で一番多かったですが、物理と情報Ⅰが約3割、化学と情報Ⅰが約1割で、全体で約4割ですから、これは大きい。良い結果だったと思います。
・情報処理学会第87回全国大会発表資料「電気通信大学における「情報」入試を実施して」
・電気通信大学 2025年度入試問題(前期日程)
――学内で、「情報」の導入に対して反対や不安の声はなかったのでしょうか。
物理の先生方は「物理は基本中の基本だ」と思っていらっしゃるので、物理をきちんと勉強していない学生が入って来るのではないか、ということはずいぶん心配していました。もう1つは、高校の授業時間数も少ないし、問題の蓄積もない情報という科目で、物理や化学と同レベルの問題が出せるのか、ということ。この2つの懸念が大きかったです。
物理をきちんと勉強していない学生が入学してくるという懸念については、情報Iを入試科目に加えることの意義をまず伝えました。その上で、物理の試験をなくすわけではなく、物理を選択する受験生は多いと思われる、ということをお話ししたので、心配の声はずいぶん出ましたが、最終的には納得してもらえました。
後者については、本学の情報系の教員に相当数のヒアリングをしました。「本当に物理や化学と同レベルの問題が作れるのか。我々の個別試験が最初の事例になって、今後他の大学でもそれが活かされていくことに対して、覚悟があるのか」と聞きましたら、彼らは「やれる」と言ってくれましたので、それならばやろう、ということで導入しました。
――入試の実施にあたって、事前に模擬テストや体験会、高校教員向けの説明会をきめ細かく実施されましたね。
これについては、情報入試を絶対に潰してはいけないという思いがありました。私たちの大学だけでなく全国の大学のために、確実に成功させるため、いろいろな人を巻き込みながら、情報Ⅰの試験はこういうものですよ、ということを、きちんとステップを踏んで高校の先生や高校生にアピールしないといけない、という思いでやってきました。
説明会には全国の高校の先生方が参加してくださいました。模擬テストも全国の高校生が問題を解いてくださって、そこは上手くいったと思っています。参加された方からあたたかいコメントをいただいて、それを励みにしていました。