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  • 国際紛争、大規模災害、少子高齢化など、厳しい状況の中で新しい道を拓くための人材育成・社会貢献に資する大学への期待は大きい。真摯に改革に取り組む大学トップの声を紹介する。

東洋大学 矢口悦子学長インタビュー[前編]

 矢口:「リスキリング」で提供する教育とは、会社員や公務員などである方が職場で必要となる能力の養成であり、スキルを求める側のニーズと私たち大学がマッチした場合に、指導を提供するものです。一方、「リカレント」はもっと広い概念です。

 人生100年生きるとすると、職業上の能力を高めたいと思う時期も確かに長いですが、さらに、引退後の人生が長くなってきています。このような時代を生きるのに必要な知識や能力は、一人ひとり異なるものと思いますが、最後はやはり、誰しもが「自分の人生を納得して生きた・生きている」と感じることではないでしょうか。このようなニーズに応えられるような学びの場こそ、大学だと思います。だから、リカレントとリスキリングは、明確に分けておきたいですね。リカレントをリスキリング化しない、つまり、リカレントは広い概念として置いておいて、いろいろなニーズを持つ人が、自分にとって知識や知恵が必要だと思った時点で、戻ってきて学ぶ場としての大学を緩やかに維持したいと考えています。

 また、リカレントは職場を引退してからの学び、リスキリングは仕事をしながらの学び、という点が両者の違いだという議論が一般化していますが、必ずしもそうではありません。学びの場と今生きている場、それらを行ったり来たりする。その仕組みをどのように作っていくかがポイントだと考えています。誰にでも、100歳まで生涯の学びが開かれているということが大切なのです。

 本来、大学とは、様々な知のありように貢献する場であって、ビジネスの戦力として強くなるとか会社で出世するということだけを目的とする機関ではありません。大学はリカレントとリスキリング両者を維持するのが理想で、あまりどちらかに偏らないようにしたいものですね。

 いずれ、ビジネスで成功した経営者や管理職の人であっても、「自分の人生は何だったのだろうか」、「いったい私は何をやっていたのだろうか」と思い悩むような時が必ずやってきます。そのような時にこそ、じっくりと腰を据えて、自らを捉え直しながら、人間は歴史の中で何をやってきたのか、人生の意味とは何か、といった学ぶ場が必要になります。そのような場として、「本質に迫って自ら深く考えること」を建学の精神とする、東洋大学が選ばれたらいいなと思っています。

リアリズムに根差しつつも「大学の理想」を求め続ける 【独自記事】 – KEI HIGHER EDUCATION REVIEW: 東洋大学 矢口悦子学長インタビュー[前編]

東洋大学 学長 矢口悦子教授

プロフィール
秋田県出身、お茶の水女子大学文教育学部教育学科卒業、同大学院人間文化研究科(博士課程)単位取得満期退学。お茶の水女子大学、千葉大学、山脇学園短期大学勤務を経て、2003年より東洋大学文学部教授。2020年4月に東洋大学学長に就任。博士(人文科学)。専門領域は、社会教育学、生涯学習論。

 主な著作
『イギリス成人教育の思想と制度―背景としてのリベラリズムと責任団体制度―』、新曜社(1998)
『地方分権と自治体社会教育の展望』(共)、東洋館出版社(2000)
『女性センターを問う―「協働」と「学習」の検証』(共)、新水社(2005)
『変革期にあるヨーロッパの教員養成と教育実習』(共)、東洋館出版社(2012)
『地域を支える人々の学習支援―社会教育関連職員の役割と力量形成―』(共)、東洋館出版社(2015)
『英国の教育』(共)、東信堂(2017)
『日本の文化と教育』(放送大学教材)(共)放送大学教育振興会(2023)


インタビュー、構成・編集:原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)、阿部千尋(KEIアドバンス コンサルタント)

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