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  • 国際紛争、大規模災害、少子高齢化など、厳しい状況の中で新しい道を拓くための人材育成・社会貢献に資する大学への期待は大きい。真摯に改革に取り組む大学トップの声を紹介する。

立命館アジア太平洋大学 出口治明学長

 出口:今の日本社会の問題点は、「何をやってもよくならない」という悲観論が蔓延していることではないでしょうか。バブル崩壊後、製造業から新しいサービスに転換できなかったことが全てだと考えています。

この状況を打破するには「女性の活躍」が重要で、徹底したダイバーシティとインクルージョンの推進が大切です。「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数2023」によると日本女性の社会的地位は146か国中125位で、G7で最下位ですが、まずはこのジェンダーギャップの解消が必要です。

サービス産業のユーザーは60%が女性であり、ユーザー視点、カスタマーサクセスを第一に置くのであれば、女性の立場に立ったサービスの開発が必要不可欠です。欧州でクオーター制が進んでいるのは、女性に活躍してもらわないと成熟社会を引っ張るサービス産業を支えることができないからです。

女性の登用が遅れている日本がこの課題にどのように対応すべきかについては、火を見るよりも明らかです。

アイデアやイノベーションは多様性から生まれます。イノベーションは、「既存知」と「別の既存知」の組み合わせによって生まれるといわれています。そして、既存知間の距離が遠いほどアイデアは面白くなる。例えばアメリカのシリコンバレーには、いろいろな国から様々なバックグラウンドを持つプロフェッショナルが集まるからこそイノベーティブな地となったわけです。

「違い」に触れた瞬間に、問いが生まれ、イノベーションの種となります。つまり、ユニークでイノベーティブな人材を育む環境には多様性が切っても切れない要素と言えるでしょう。

大学のあるべき姿として僕が共感しているのが、カイロにある世界最古の大学の一つ、アズハル大学の3信条「入学随時、受講随時、卒業随時」です。何年か働いたら大学に戻って学び直し、また社会に戻る。社会と大学を行ったり来たりすることができる社会循環を作っていくことが大切だと考えています。

定期的に大学で時代に合った最新の学問を学び、様々な発想を得た人が社会に戻って、これからの日本の競争力の源泉になる。年齢も、性別も、国籍も、何も問わず、意欲のある者であれば誰しもが学べる、大学はそんな場所であり続ける。だから僕たち大学が常に率先して社会にとってのダイバーシティの母体になりたいと考えています。

 出口:僕は一種の「歴史オタク」です。人間の歴史を見ていると、99%以上の人は一生やりたいことが見つからないまま死んでいるように思います。20代、30代で自分のやりたいことがわかっている人は圧倒的な少数派です。

例えば、みなさんは好きな人をどうやって選んでいますか。世界には80億人の人間が暮らしています。その中から、理想の相手を一人ひとり丁寧に選んでいる人はどこにもいません。たまたま相性が良い人と出会い、たまたま結ばれたに過ぎません。人生にとって何よりも大事なパートナー選びさえ、偶然に左右されているのです。

進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは、「賢い者や強い者が生き残るのではなく、変化に適応できた者だけが生き残る」と述べています。これは、「将来何が起こるかは誰にもわからない」ことを前提とした理論です。ダーウィニストの指摘のとおり、人間が動物である以上、生き残るために必要なのは「強さ」や「賢さ」や「大きさ」ではなく、「運」と「適応」がすべてなのです。適切なときに、適切な場所にいるという「運」を生かしながら、その運に対応できた者だけが生き残っていけるのです。

人生は「運と適応」ですから、好きなものが見つかるまで、やりたいことが見つかるまで、川の流れに身を任せていけばいいのです。そして偶然、どこかに流れ着いたらそこで「適応」できるように頑張ってください。頑張るために必要となるのが「知識×考える力」です。

APUは106か国・地域から国際学生が集まっています。ダイバーシティ、すなわち多様性は、国籍・文化・宗教・年齢といったあらゆる属性の人間を混ぜることで生まれます。同質集団だけを集めた不自然な「純粋培養」は生物として弱くなりがちで、これは、2019年のラグビーワールドカップの時に日本のチームが証明しています。日本代表が日本人だけで構成されていたら、はたしてベスト8まで進めたでしょうか。APUが国内学生と国際学生の比率を50:50としている意味はこういうところにあります。

大人向けの大学教育についても同じで、先ほどカイロにあるアズハル大学の例を示したように、これからの時代は社会と大学を行ったり来たりする循環社会を作っていくことが、日本の競争力の源泉になると話しました。「純粋培養」ではない、あらゆる属性の人間が混ざっている環境に身を置き、豊かで多様な人・本・旅に触れること、これこそが適応していくための力を養う術と考えています。


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