
河合塾講師が語る!2025年度新課程入試 ―地理編―[後編]
■ 地理へのアプローチは分野を問わない
――『地理』は中学生・高校生が学ぶ一般的な科目である一方で、大学になると突然、「地理学」が学べる環境は減少し、地理との縁が切れてしまうような印象があります。しかしながら、松本先生のお話を聞いていると、高校の地理学習を通じて得られる視点や考え方は、大学の学びの基礎をなすとともに、「地理学」に限らず、他の分野にも応用できるように感じました。
地理学はどの分野とも関連していますが、そのことは意外と知られていません。文学と地理学とが関連した研究なども一般的にあるものの、世間的には、互いの分野の関係は希薄に見られがちです。
例えば国木田独歩の『武蔵野』のような文章を読むとき、高校で学ぶレベルの地理の知識が身についていれば、各場面における景観の説明が、ただの文字ではなく、リアリティを伴う風景として眼前に広がるようになります。文字から想像できるものの幅が全く違ってくるのです。こうした文学と地理学との関連が、私としては一つ、好きなところではあります。
また、高校の教科書レベルで、かなり学問的に扱われている分野もあります。例えば産業分野です。従来、高校地理で学習されてきた産業分野は、「第一次産業とは」「自動車工業とは」といった個別具体の話にとどまっていました。けれども、現行のカリキュラムでは、産業構造の変化に着目し、いわゆる開発経済学に近い内容まで学んでいます。
具体的には「発展途上国の経済が成長していく過程において、その国の工業がどのように変化していくのか」、「先進国の企業はどの地域に進出していて、その地域を選ぶのにはどのような理由があるのか」といった内容です。このほかにも、現在インドでワクチンの生産が非常に盛んであるのには、インド国内のジェネリック医薬品産業の発展が大きく関係していることなども、高校生の段階で学習します。このように、経済学との結びつきも、地理は非常に強いです。
けれども、地理にこうした学問分野の垣根を超えた結びつきがあることはもちろん、そもそも個々の事象・物事は多様に関連づいていることに気がつくのすら、高校生にとっては意外と難しかったりします。だからこそ我々の仕事は、授業を通してさまざまな物事の関連について伝え、生徒に「気づき」を得てもらい、そして、その「気づき」をきっかけとした多様な学問への興味を喚起することだと思うのです。
分野を問わず、さまざまな領域からのアプローチが可能なのが、「地理」の一番良いところだと私は考えます。高校の地理学習を通じて喚起された興味があるならば、地理学科に限らず各々の専攻から、大学でそれをより深く学んでいってもらいたいです。そのうえで大学の先生方には、より専門的なアプローチによる教育を、彼らの興味が失われることがないようなかたちで進めていただきたいと思っています。
――そもそも松本先生はなぜ大学で地理を専攻したいと思うようになったのでしょうか。また、専門的に勉強する中で気がついた「地理学の魅力」などがありましたら教えてください。
地理しかできなかったのがまず一つ(笑)。加えて、「あの地域にはこのような特産品がある」とか「この地域では鉄鉱石が産出する」といった物産地理的なものが好きだったことが、私が地理学科への進学を希望した理由です。
私はいわゆる「第2次ベビーブーマー」で、同世代にとにかく人がたくさんいました。当然、大学受験は「戦争」です。そうすると、私と同じ大学を志望していた受験生の中には、「とにかくこの大学に入りたいから」という理由で地理学科を志望する者もいました。私が受験した文学部の中で、当時比較的倍率が低かったのが、地理学科と東洋哲学科だったからです。
しかしながら、そうした「本気度」の低い学生を容赦なく振り落としていくのが地理学科というところです(これは東洋哲学科も同じかもしれません)。いきなり一年生から専門科目の授業が入ってきて、それも何をやっているのかよくわからない。地理学が勉強したくて入って来た学生でさえ、ついていけずに辞めていく。「自分が好きな地理と、大学で勉強する地理学は別物だ」と始めから分かっていたはずの私ですら、そのギャップには衝撃を受けました。けれども、私はその専門性の高さに、地理学科の良さを感じていました。
また、学生の時分には、「地理学自体は一体何を勉強しているのだろう?」とも思っていました。今は地理学もかなり精緻になっていますが、当時の地理学と言うと、例えば、気候学などの高度な専門性を有する理系の学問を土台として、その上に文系の自然地理学が乗っかっているようなイメージだったからです。より専門性が高い人たちが研究してきた成果を用いて学問するのが地理学であるように感じていました。そのため、いまいち地理学そのものの「輪郭」を理解しきれなかったのだろうと思います。
先ほど、「地理学科」としては「専門性が高いところが良かった」という話をしましたが、「地理学」としてはむしろ、その「専門性の無さ」に良さを感じていた気がします。視点が変わるだけで見えてくるものが全く違ってくる。自分の有する個々の知識が、別のスケールから見ることで、まったく関係がないと思い込んでいた知識と結びついていく。「『知っていることが生かされる』ことに気づかされる」とでも言いましょうか。具体的な専門性が無いからこそ見出せたであろう、こうした面白さに、地理学の魅力を感じていました。
――本日は貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、誠にありがとうございました。


