東京女子大学 森本 あんり学長インタビュー[前編]
■ マインドと汎用的能力を養うリベラルアーツ教育
--昨今、広く教養を学ぶというよりは、仕事に直結するような実学志向の学部が増加し、ある種学問分野が狭まっているように感じています。一方で、18歳から22歳くらいの年若い時分に、教養を学び、幅広い知識を得ることは、とても大切なことだとも思うのです。若者に教養教育を施すことの意味を、先生はどのようにお考えになりますか。
これまでお話してきたようなことを踏まえると、基本的に、リベラルアーツの大学の理念やそこで行なわれている教育の根底には、人格教育が含まれていると言ってよいでしょう。
18歳から22歳とおっしゃいましたが――昔のアメリカではもう少し若い10代半ばですが――、そうした時分に、私の言葉で表現するならば、「志、理念、理想」といったものを心に植え付ける。志を持った上で世界を見る。そして、己の抱く理想を胸に、「世界を良い方向に変える努力をするのは恥ずかしいことではないんだ。そのために進むことこそが、我が人生の目的で、尊いことなんだ」ということをどこかで悟らせる、と言いますか。そのようなモメントが若いうちにあってもいいと、まずは思うんですね。
また、現代はこれだけ多様な社会ですから、「この仕事に就きたい!」と思い、大学に入学して勉強したところで、卒業する時までその仕事がある確証はどこにもありません。だからむしろ、どのような仕事に就いても生かすことができる汎用的能力を身につけておくことが、私はリベラルアーツ教育として、とても大事なのだと思います。
だからこそ、昔から本学は「哲学」と「数学」を置いていました。これらを専門的に勉強したところで、お金にはならないかもしれません。しかしながら、私はやはりこれらが、頭を耕す、心を、知性を豊かにするためのベースたる学問として、リベラルアーツのとても大事なところに位置していると考えます。
そして今お話ししたことは、実は安井てつが本学の創設当時から言っていることでもあるのです。「職を得させんがために専門の教育をするのではない。いかなる仕事でも忠実に行なうことができる人を育てるのだ」と、100年も前からすでに彼女は言っていました。すごいですよね。
--先生はご著書の中でも「学部レベルでの教育は全て教養教育でよいのではないか」とおっしゃっています。つまり、専門的な勉強は修士課程以降で行ない、学部生のうちは人格教育と汎用的能力の養成に努めるべきだ、とのお考えでしょうか。
現在、日本の大学進学率は50%を越えており、大学教育はマス教育をはるかに超えた「ユニバーサル教育」になっています。それに伴い、大学教育の意味も変化してきていると言えるでしょう。
今の時代、学部教育を4年修めただけでは、国際機関で働くことはおろか、何かの専門家になるなどまず不可能です。他国と較べて、日本では大学院への進学率が極端に低く、もはや「低学歴国」と言わねばならないほどの状況となっています。もし何かの専門職に就きたいと思うなら、大学院へ進学し、少なくとも修士課程までは修了していなければならないでしょう。私としては、リベラルアーツ教育を受ける学部4年間の上に、初めから修士課程をセットとした5年プログラム、あるいは6年プログラムを置いて、全学生が履修すべきデフォルトにしたいくらいです。
--しかしそうすると、避けられない課題として学費の問題も出てきそうです。
「大学教育にかかる費用を誰が負担するのか」。国もこの点を考慮しつつ政策を講じているのでしょうけれども、本気で日本の教育に力を入れたいのであれば、やはり大学教育まで無償化する必要があるでしょうね。特に私立大学に通う学生の家庭は、税金を納めて国公立大学の学生を支えながら、その上さらに個人の収入から学費も払わされています。これはいかがなものでしょうか。
以前はバウチャー制度の導入なども考えられました。個人的にはそうしたものがあってもいいと思うんです。 バウチャー制度にはマイナス面が多いため、ほとんどの場合うまくいきません。けれども、原則的にはそのようなやり方にして、国公立大学に進学しても私立大学に進学しても、自身の進学先でその券を使えばよい、というやり方をとってみるのも一手かと思います。さすがにすぐには実現しないでしょうけどね。