立命館アジア太平洋大学 出口治明学長
Q:先生は数多くの著書で、「歴史」や「古典の読み方」、文系の学問の必要性を説かれております。他方、目下、文系学部や文学部系の女子大の人気の低落という実態があります。実際に、文学部系の女子大の閉鎖等が相次いでおります。この現状についてご意見やお考えをお聞かせください。
出口:僕が座右の書としている『貞観政要』には、リーダーに不可欠な「三鏡」というお話があります。そこでは、自分を見る鏡、歴史の鏡、他者の鏡の3つの必要性が述べられていて、将来何が起きても対処ができるよう歴史から学ぶことの重要性が語られています。
また、世界に文字が生まれてから6,000年が経ちました。この間、社会の変化に伴い、様々な教えが語られては忘れられて、そんな消滅の危機を生き延びて伝えられてきたものが古典です。つまりは、先の見通せない、予測不可能な社会情勢の中で、今ある最良の学びの糧が「歴史」と「古典」であり、そこから学んで得られるものが教養だと僕は考えています。
僕は常日頃、教養は「おいしい人生」を楽しむためにある、と言っています。僕は講演会でご飯のアナロジーで「おいしいご飯とまずいご飯、どちらを食べたいですか」と質問すると、みなさん「おいしいご飯」と答えます。次に、「おいしいご飯を因数分解するとどうなりますか」と質問すると、「いろいろな材料を集めること」と「上手に料理すること」という答えが返ってきます。正しい解答だと思います。
おいしい人生における食材とは「知識」であり、上手に料理する力は「考える力」です。まず、材料である知識が無かったら何もできません。ただし、材料を集めてもそれを人生において具体的に活用する考える力がなかったら、おいしい人生を楽しむことはできません。
では考える力を養うには、どうしたらいいのでしょうか。またご飯のアナロジーに戻って考えてみると、人が料理の能力をどうやって身につけるかといえば、最初はレシピからです。料理で考えると最初はレシピ通りに作るところから始まって、試行錯誤を繰り返しながら自分のものにしていきますよね。考える力も料理と同じで、最初は考える力の高い人の真似から入り、試行錯誤を繰り返しながら自分のものにしていくわけです。
具体的には考える力の高い人が書いた本を読むことです。それは歴史的に長く読み継がれてきた古典に他なりません、たとえば、アリストテレスやデカルト、アダム・スミス――。最初はそうした極めて優秀な人たちの本を丁寧に読み込んで、その人の思考パターンや発想の型を真似ていくしかないと思います。こういう視点で学びを考えると文学部は学びの宝庫といえるのではないでしょうか。
Q:2030ビジョン「APUで学んだ人たちが世界を変える」について詳しく教えてください。
出口:APUで、世界を変える人材とは、
①他者と協働し、対話を軸に対立を乗り越え、社会に影響を与えることができる
②異なる文化との衝突や遭遇したことのない困難への耐性がある
③多様な視点やアイデアから新しい価値を創造することができる
④自分自身のゴールを描き、生涯学び成長し続けることができる
と考えています。
「世界を変える」と言うと少し大げさに聞こえるかもしれませんが、この世界をよりよくしていこうとする活動は世界中の誰しもが取りうるものであり、「考える葦」としてこの世界に生まれ出でた人間にとって一生を費やす価値のあることです。現在の中等教育の学習指導要領では、主体的学びと協働的学びという2種類の学び方が注目されています。APUが目指す「世界を変える」ための学びとは、このような学び方の先にあるもので、高校までの学習を基盤として大小さまざまなイノベーションにつなげるための過程と位置付けています。
先ほど、イノベーションについての話で少し触れましたが、イノベーションを育む土壌は多様性にあります。しかし、単に多様な集団の中にイノベーションが生まれるかというとそうではありません。単に違いがあるだけではなく、その違いに気づき、受容し、尊重し、「解を出す」ことが必要です。言い換えると、多様な人が共生し、さらには、主体的に協働する環境こそが、豊かな土壌に多数のイノベーションの種が撒かれた状態と言えるでしょう。
APUは日本で最も多様性豊かな大学で、学生の半数は106か国・地域から集まる外国籍の国際学生です。教室や授業、キャンパスには学生同士のコラボレーションを誘発する仕掛けを多数盛り込み、加えて、学生はAPハウスでの寮生活を通じて、1日24時間すべてを多文化共生の場での主体的協働に費やすことになります。
何事も変わらない世界はありません。しかし、変化の方向は人間の努力により、あるいは人間同士の協力により変えられます。APUの多文化共生の場で主体的、そして協働的に学んだ人たちは、何より未来に向けて、自分たちが変えていけるという強い意志を持つことができます。そんな人たちで社会が満たされたら、世界はもっと豊かに、面白く、幸せに、変わっていくと思いませんか。APUを通じて僕たちが目指す未来は、そんな世界です。