
武蔵大学 国際教養学部 東郷 賢 学部長インタビュー
世界水準で「学び抜く」覚悟はあるか――ロンドン大学とのパラレル・ディグリー・プログラムで、日本の大学教育をアップデートする【独自記事】
日本にいながらロンドン大学の学位を取得できる――。
武蔵大学国際教養学部が提供する「パラレル・ディグリー・プログラム(PDP)」は、単なるユニークな国際教育プログラムではない。日本の長期的な経済停滞の背景には「学ばない大学生」の存在があるのではないか、という強い危機感から生まれた、日本の高等教育システムそのものへの挑戦である。
2015年に経済学部でスタートしたPDPは、2022年に国際教養学部へと発展的に継承され、現在は「世界水準で学び抜く覚悟はあるか。」というスローガンを掲げる、学部の中核プログラムとなっている。
今回、KEI大学経営総研は、PDPの立ち上げ当初から一貫して企画・運営をリードしてきた武蔵大学国際教養学部 学部長・東郷 賢(とうごう けん)氏に話を聞いた。美術史から経済学へと転じ、イェール大学大学院で経済学を学んだ異色の経歴を持つ東郷氏の視座は、日本の大学が直面する構造的な課題を鋭く浮き彫りにしてくれる。
本稿では、PDPという一つのプログラムを手がかりに、日本の大学教育が抱える問題と、そのオルタナティブとしての武蔵大学国際教養学部の可能性を探っていきたい。
【目次】
■ 武蔵大学国際教養学部とPDP――日本の大学教育への「挑戦状」
■ 「教養」の再定義:美術史から経済学へ、個人的な探求の軌跡
■ ロンドン大学と学ぶ「パラレル・ディグリー・プログラム(PDP)」とは何か
■ 「学びの質」への回帰――世界標準の学習量とコミュニティ
■ 卒業生の活躍と「5年間の学び」――就職・進学という出口
■ 国際バカロレア(IB)との親和性――「自分の頭で確かめる」こと
■ 日本の停滞と高等教育の役割――なぜ大学生は勉強しなくなったのか
■ 2027年新カリキュラムとPDPのこれから
■ 受験生へのメッセージ――「世界で学び抜く覚悟はあるか」
■ 東郷学部長が推薦する2冊
■ 武蔵大学国際教養学部とPDP――日本の大学教育への「挑戦状」
--まず、国際教養学部とPDPの位置付けについて教えてください。
東郷学部長:少し拍子抜けするかもしれませんが、国際教養学部は「最初から壮大なリベラルアーツの理念を掲げて設立された」わけではありません。2015年に経済学部で始めたPDPが順調に成果を上げ、教員数や履修生が増え、もはや学部内に収まりきらなくなった。その受け皿として、2022年に国際教養学部が独立した、というのが率直な経緯です。
そのうえで申し上げると、私の問題意識の出発点には、日本の大学生の学びの量と質があります。日本の高校生は国際的に見ても非常に優秀なのに、大学に入ると勉強時間が極端に減る。一方で、欧米やアジアの大学生は、当たり前のように多くの時間を勉強に費やしている。PDPは、このギャップを埋め、日本の大学教育を「世界標準」に戻したい、という思いから設計したプログラムです。
■ 「教養」の再定義:美術史から経済学へ、個人的な探求の軌跡
--先生はもともと美術史を学ばれ、その後経済学へと転じられました。先生ご自身の「教養」観と、国際教養学部の理念との結びつきについてお聞かせください。
東郷学部長:一般に「リベラルアーツ」と聞くと、「幅広くいろいろな分野をかじる」というイメージが強いと思います。しかし、私が重要だと考えているのは、幅の広さよりも「一つの専門分野を通じて、論理的・批判的に考える型を身につけること」です。
私の原点は、大学時代に旅したメキシコで目にした途上国の現実でした。その構造を本当に理解したいと思ったとき、「美術史の知識だけでは限界がある」と痛感したのです。そんなとき、友人から「それを本気でやるなら経済学を勉強しないとダメだ」と言われ、経済学の世界に踏み出しました。
この経験から、学問とは単に知識をなぞるためのものではなく、「現実の問いに立ち向かうためのツール」であり、そのツールを使いこなすための思考訓練こそが教養なのだと強く感じるようになりました。国際教養学部の教育は、英語や経済学を通じて、まさにこの「思考の型」を鍛えることを目指しています。


