編集工学研究所・安藤昭子氏インタビュー
Q:自ら考える力を鍛える上で、大学等の教育機関にできることは、どのようなことだと思われますか?
安藤:これからは、ますます学びが大事な時代に入っていくと思います。ただ、大学時代の「学び」がスキルトレーニングのような技巧的な教育に終始してしまってはもったいない。仕事をしていくための実務力は、社会人になってもみくちゃにされながら、多くの部分を身につけていくものと思います。
大学生のうちに想像できる職業って限られていますよね。こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないですが、大学生にキャリアデザインを描かせるよりも、学生時代は、自分の関心が向くことや自分を驚かせるものに、まっすぐ向かっていけるだけのエネルギーと知力・体力を身につけさせるべきではないでしょうか。そうした思考の基礎力と好奇心さえあれば、いかようにも道は開けていくと思います。では、大学がいわゆるスキルを習得するための場でないとしたら、大学とは何を学ぶ場なのか。ここに関するメッセージに、それぞれの大学の個性が反映されるのだと思います。
編集工学研究所が丸善雄松堂と新たに始めた「ほんのれん」という取り組みも、職場のスキルにとどまらない学びを提供することを目的としています。
Q:具体的には、どういった取り組みなのでしょうか。
安藤:「問い」と「本」の力によって、個々の関心領域を広げて豊かな対話を引き出す、場づくり装置のようなものを、企業や大学に提供していく活動です。なにかのトピックに対して何の手すりもなく「自分の意見」を言うというのは、実は思うほど簡単なことではありません。「自分の考えを述べる」というのは、ちょっとした勇気を伴う行為です。対話する時には、何か「かくれ蓑」になるものが必要なのです。特に日本人はそうだと思います。
それが、自分の手元にある「本のせい」にして話し出すと、不思議と言葉が出てくる。1冊の本が、その場で心理的安全性をつくってくれるんです。本をかくれ蓑にして、「自分でもそんなことを思っていたのか」と思うほどにお互いに意見が飛び交い、どんどん話がつながっていく。
「ほんのれん」では、「旬感本」と一緒に対話ツールとしての「旬感ノート」をお届けするのですが、ここには、テーマや本についての解説とともに、本の内容や対話によって得られた気づきを書き留めるためのスペースが設けられています。それを新たな問いに結びつけていくような使い方をしてもらえれば、と思っています。
Q:これを大学で導入する場合、どのような使い方をおすすめしますか?
安藤:すでに運用を始めていただいている大阪経済大学では、学生がナビゲーターを務めて「旬会」を行っています。「ほんのれん」は丸善雄松堂との共同企画なので、同社からスタッフを派遣して支援することも可能なのですが、大阪経済大学の場合は、有志の学生を集めてナビゲーションのノウハウをお伝えし、あとは大学内で運用していただいています。最終的には、それぞれの大学に合った形での自走を目指したいところです。そうすることで、学生の力をより効果的に引き出すことができると思います。「ほんのれん」のポイントは、選書だけではなく、本の扱い方を伝え、参加者が自分たちで対話を生み出すお手伝いをすることなので、そうした自由な対話環境が生き生きと動いている姿をつくっていければと思います。
Q:安藤社長は、学生時代から本の佇まいがお好きだったということでしたが、それにしても、将来このようなお仕事をしているとは想像していなかったのではないでしょうか。
安藤:夢にも思っていませんでした。遊んだり学んだり悩んだりと、たくさん寄り道をした大学4年間でしたが、これから何がしたいのか、どう生きたらいいのかということを考えるきっかけを、この時期にたくさんもらったと思います。
Q:私たち大人としては、学生がのびのびと考え、思い切ったチャレンジができるような環境を整備してあげたいですね。
安藤:そうですね。結果はどうであれ、チャレンジした経験は必ず何かにつながっていきますから。その際に、だれか他の人の理想をなぞるのではなく、自分自身の関心が向く方向に思い切って飛び込んでいくのがいいのだと思います。そうした若い方々の思考の自由度を担保するような環境づくりを、私もなんらかお手伝いしていければと思っています。(記事おわり)
【リンク】
・安藤昭子『問いの編集力』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)https://amzn.asia/d/7OtcIzh
・編集工学研究所 https://www.eel.co.jp/
・イシス編集学校 https://es.isis.ne.jp/
・更新型一畳ライブラリー「ほんのれん」https://honnoren.jp/
【プロフィール】
安藤昭子(あんどう・あきこ)
編集工学研究所・代表取締役社長。出版社で書籍編集や事業開発に従事した後、「イシス編集学校」にて松岡正剛に師事、「編集」の意味を大幅に捉え直す。
これがきっかけとなり、2010年に編集工学研究所に入社。2021年に代表取締役社長に就任。
企業の人材・組織開発や理念・ヴィジョン設計、教育プログラム開発や図書空間プロデュースなど、多領域にわたる課題解決や価値創造の方法を「編集工学」を用いて開発・支援している。
「Hyper-EditingPlatform[AIDA]」プロデューサー、丸善雄松堂株式会社取締役。
著書に『才能をひらく編集工学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、共著に『探究型読書』(クロスメディア・パブリッシング)など。
インタビュー: 原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)
記事・編集:Chisato Yamashita(インデペンデンス・ライター/翻訳家)CHISATO YAMASHITA Writer / Translator