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名古屋外国語大学 亀山郁夫学長インタビュー[後編]

母語による学びの重要性

 亀山:そうです。英語学習の大切さは、改めていうまでもありません。しかし、英語が話せるだけでは、やはり意味がない。さきほど言ったことと重複しますが、英語を使って何をするか、英語+他の学問があってこそ習得の意味がある。

グローバルの共通言語は、まぎれもなく英語です。政治経済だけでなく、文化や芸術も英語化してきているのが現状です。学問の世界も同じで、論文を英語で発表しなければ、世界的に読まれることはありません。その点、アメリカ人(英語話者)は、非英語圏の人たちの英語学習に費やす苦労(時間と労力)を全くすっ飛ばして、いきなり本題に入れる大きなアドバンテージがある。しかし、だからアメリカ人は、母語以外で初めてアクセスできる、べらぼうな量と質の文学、文化、音楽、芸術等々を知ることができないのです。

母語でしかできないものがあります。人文系の学問がそうですが、とくに「詩」の言語は母語でしか理解できないものでしょう。文芸のジャンルはさまざまですが、最も古くからあるジャンルで、20世紀、21世紀になってもすたれなかったのは「詩」です。

母語でこそ経験できるもの、母語でしか経験できないものの豊かさに目覚めないと、人生も文化も、非常に狭隘なものになってしまいます。母語による文芸を通じて、他者への共感を鍛え、振り返って自分を見つめる力を養うことができる。これが教養の基礎です。

 亀山:私は、高校生の純粋な気持ちに応えたいと思っているんです。韓国語の人気について話しましたね。本学の第二外国語の授業でも、スペイン語やフランス語より、韓国語がずっと人気です。韓国・朝鮮文化に偏見があった昔では考えられないほどの人気がある。しかも、韓国語を学びたい人の気持ちは、非常に純粋なもの。儲けたいとか、ビジネスに役立てたいとかいう人はごく少数派で、韓国文化と韓国語にあこがれ、リスペクトをもって韓国語学習に取り組んでいる。

このように、純粋な気持ちで外国語に接することで、トランス・ナショナル・アイデンティティ が涵養されます。平野啓一郎さんの言う「分人」、もう一つのアイデンティティが出来上がってくる。これは、外国語学習の最大ともいえる価値の一つであり、それを育てるのが外国語大学のミッション、存在意義でもあると思います。こういったところから、世界平和への手掛かりも得られるのではないでしょうか。

前編]はこちら


名古屋外国語大学 学長 亀山郁夫(かめやまいくお)

プロフィール
1949年(昭和24年)栃木県生まれ。東京外国語大学卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程得退学。ロシア文学者。日本芸術院会員。天理大学、同志社大学で教鞭をとり、母校・東京外国語大学で教授、学長を歴任。現在、名古屋外国語大学学長、世田谷文学館館長。1991年から10年間、NHKテレビ『ロシア語会話』の講師を務める。
『磔のロシア―スターリンと芸術家たち』(岩波現代文庫)、『新カラマーゾフの兄弟』(河出書房新社)、『ドストエフスキー 黒い言葉』(集英社新書)、『ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光』(岩波書店)、『人生百年の教養』(講談社現代新書)、『増補「罪と罰」ノート』(平凡社ライブラリー)など著書多数。訳書では、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『白痴』『未成年』(光文社古典新訳文庫)など。国内での様々な受賞歴の他、「プーシキン賞」「ドストエフスキーの星・勲章」受賞。

 主な著作
『人生百年の教養』(講談社現代新書) https://amzn.asia/d/7uaDAbM
『ドストエフスキー 黒い言葉』(集英社新書) https://amzn.asia/d/ajuF7aN
『増補「罪と罰」ノート』(平凡社ライブラリー) https://amzn.asia/d/iIjmzdi

インタビュー、構成・編集:原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)

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