東京女子大学 森本 あんり学長インタビュー[前編]
■ 東京女子大学における Something ①
--貴学が大切にしている言葉に次の3つがあるかと存じます。
QUAECUNQUE SUNT VERA(すべて真実なこと)
Service and Sacrifice(犠牲と奉仕)
Something(キリスト教の精神を感じさせる何か)
この中でも、特に3つ目の“Something”が気になりました。この言葉に込められたメッセージについて、先生のご見解を教えてください。
本学におけるSomethingというのは、おそらく「キリスト教的な雰囲気の中で育った」ことを意味するのだと思います。キリスト教の、例えば三位一体がどうだとか、そういった具体的な教義などを指しているのではありません。
本学は確かにキリスト教の精神に基づいて創られた大学ですが、学生目線からすれば、「東女ってキリスト教の大学だったっけ?」程度の認識なのではないでしょうか。特定の教派に関わりなく、そもそもキリスト教かどうかも曖昧なくらいにしか感じられないようなatmosphere(雰囲気)、学生たちはその中で大学生活を送っています。
チャペルがあり、毎日礼拝があること。入学式や卒業式をキリスト教式の礼拝で行なうこと。そうしたところでは確かにミッション系の大学としての姿が見えます。もちろん、キリスト教の授業は必修ですし、教える先生方も熱心なので、学生が信仰に至ることがあればすばらしいです。しかし、「東女のキリスト教」が果たす役割は、indoctrinate(教化すること)ではありません。そのため、学生たちは在学中に「東女のキリスト教」の内容をはっきりと理解し、卒業していくわけではないと思います。
けれども、いざ卒業して社会に出てみると、「これまでと何となく違うな」と感じる。その「これまでと違う何か」こそが「東女のキリスト教」なのです。そしてこの、「後で振り返って感じる何か」をSomethingというのだと思います。
もう少し具体的に表現するならば「引っ掛かり」くらいでしょうか。「良心」なんていうと、少し格好良過ぎますね。
例えば深刻なハラスメントがあったとき、世の中身過ぎ世過ぎでやっていくものなのだと、そのまま受け流してしまう人もいるでしょう。けれどもそこで、「これは本当に自分として認めてよいものだろうか」と、引っ掛かりを覚え、立ち止まることができる在り方。何となく自分の心に引っ掛かりを覚えた時に、それをスルーせず、良しとしない在り方。それがSomethingです。
あるいは、「自分はこう生きるべきだ」とか、「社会はこうあるべきだ」ということに対する方向感覚と言えるかもしれません。おそらくそうしたものを、安井てつはSomethingと言ったのだと思います。そして私も、学生たちにはそういうSomethingを心に宿して卒業してもらいたいと思っています。
東京女子大学で学び、Somethingを心に宿した彼女たちはその後どのような女性に育ったのか……[後編]へ続く
東京女子大学 森本 あんり 学長
プロフィール
国際基督教大学教養学部人文科学科卒業、東京神学大学大学院、プリンストン神学大学院組織神学博士課程修了、Ph.D。
専門分野は、アメリカ思想史、哲学・倫理学、宗教学。国際基督教大学名誉教授。
1991年、国際基督教大学に着任。大学牧師、準教授を経て、2001年より人文科学科教授として教鞭を執る。2022年4月、同大学名誉教授、東京女子大学学長に就任。
著書:
『魂の教育――よい本は時を超えて人を動かす』(岩波書店、2024年)
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『教養を深める――人間の「芯」のつくり方』(PHP新書、2024年)
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『不寛容論――アメリカが生んだ「共存」の哲学』(新潮選書、2020年)
不寛容論: アメリカが生んだ「共存」の哲学 (新潮選書) | 森本 あんり |本 | 通販 | Amazon
『キリスト教でたどるアメリカ史』(角川ソフィア文庫、2019年)
Amazon.co.jp: キリスト教でたどるアメリカ史 (角川ソフィア文庫) eBook : 森本 あんり: Kindleストア
『反知性主義――アメリカが生んだ熱病の正体』(新潮選書、2015年)
反知性主義 (新潮選書) | 森本 あんり |本 | 通販 | Amazon
など、多数の著作を発表している。
インタビュー:原田広幸・阿部千尋・山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)
構成・記事 :山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)