TOPインタビュー

国際紛争、大規模災害、少子高齢化など、厳しい状況の中で新しい道を拓くための人材育成・社会貢献に資する大学への期待は大きい。真摯に改革に取り組む大学トップの声を紹介する。

杉村 美紀学長(インタビュー時に撮影)

上智大学 杉村 美紀学長インタビュー[後編]

リベラルアーツはなぜ大切か

杉村高等教育の世界的な流れとして、科学技術系の学びがこれまで以上に重視されているということがあると思います。しかし、本当にそういう方面だけに舵を切ってしまって良いのでしょうか。このような流れに対して、科学技術やAIはもちろん大事ですが、一方で、最後はそれを動かす人の考え方や価値観といった、数値化が難しいところこそが大切だという話も、たびたび耳にするようになってきました。

杉村もちろん、必要なことは取り入れるべきです。しかし、人の心を温かくするような学問をなおざりにはすることはどんな時代でもできません。

杉村先立つものは、もちろんなければいけませんが、しかし、リベラルアーツは大学の大事な使命であると思います。そうでなければ、大学は技術を教えることに特化してしまえばいいわけです。そうではなく、倫理や価値といった考え方の教育も大事にしていくべきではないかと考えています。

上智大学では、2022年度より「基盤教育」をスタートさせました。新入生の皆さんには、上智大学への入学が決まったら、学部学科を問わず、「学びを学ぶ」という科目を受講していただいています。(全新入生必修の入学前準備科目「学びを学ぶ」とは|上智大学

入学後は、「キリスト教人間学」、「思考と表現」、「データサイエンス」等の科目を、専攻に関係なく学びます。表現することの大切さ、多角的なものの見方、批判的思考、創造性などの重要性を今一度思い起こしていただくためです。それらをしっかり育成することはとても大事だと考えますし、アジアの諸大学の最近の改革を見ても、こうした学びに回帰しているように見受けられます。


「教育の未来」で目指されていること

杉村:批判的思考力と創造力については、OECDが高等教育における学修成果を評価するルーブリックの作成に挑戦してきました。上智大学も、国際基督教大学とともに、この「高等教育における学修成果の可視化に関する国際共同研究」に従事してきました。

きちんとした指標で評価していこうという取り組みは、とても大事です。最近では、高校も非常によく考えて授業を組み立てたり、プログラムを作成しておられます。アクティブラーニングや探究の学習は、まさにそういった新しい能力を養成していこうとする一環だと思います。

一般的に「高大接続」と言われますが、中学・高校で実践されている新しい学びを、大学はどう受け止めて、どう発展させたら良いのか。大学側も、しっかりと考えていく必要があります。中等教育から高等教育の連続性をきちんと考えていこうというのは、世界の潮流でもあります。その意味で、大学の責任は大変重いものがあると考えます。

2021年に、ユネスコは「教育の未来報告書2021」というレポートを発表し、変革的教育(トランスフォーマティブ・エデュケーション)などの提言を行ないました。また、同様の報告はOECDも行なっています(教育とスキルの未来)。それは、コンピテンシーとかエージェンシー*・ベースの「ラーニング・コンパス**」を軸にした学びです。これらの考え方は、日本の学習指導要領にも取り入れられています。

*エージェンシー:OECDは「変化を起こすために自分で目標を設定し、振り返り、責任を持って行動する能力」と説明している。

**ラーニング・コンパス:生徒、学生が複雑で不確実な時代を自信をもって自らを導いていくことができるようにするため、何を学ぶべきかについての、共通の未来像と言語を示すもの。

杉村「考え方」のような教育がしっかりとできていれば、知識は、あとからいくらでもついてくる。個別具体的な知識はどんどん塗り替わっていってしまいますが、調べ方、考え方、学び方さえ分かっていれば、研究者になるにしても、企業に就職するにしても通用します。前学長の曄道佳明先生が重視されていた「生涯学び続ける力」という考え方がとても大事だと思います。

杉村人材育成は国にとってはとても大事なことです。しかし、国や人々の暮らしが豊かになってくると、効率性ということだけではなく、学ぶ力そのものが重視されるようになっています。

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