佐賀大学 兒玉 浩明学長インタビュー[前編]
■リアルな空間に人が集うことの教育的価値
--例えばミネルバ大学のような、キャンパスを持たず、完全オンラインで授業を実施する大学が昨今話題となっています。一方、ある研究所で異分野の研究者たちが気軽に集える場をつくったところ、研究成果が上がったという話を耳にしたこともあります。
この二つの事例を踏まえて、先生は大学教育を行なう上で、キャンパスというリアルな場に人が集うことの意味をどのようにお考えになりますか。
リアルなキャンパスの存在は重要だと思います。ただし、私は昔の教育を受けているので、そう思うのかもしれません。オンラインでさまざまな教育を受け始めたような人たちは、また少し違った考えを持っているでしょうし、ミネルバ大学のような例が今後新たに出てくることもあり得るでしょう。しかし私としては、やはりリアルな場で話をするということの価値は非常に大きいと考えます。
オンラインで十分に話ができるとの意見があるかもしれません。けれども、顔を突き合わせながら雑談交じりにさまざまな話をしている中で、偶然アイデアが得られることもあるように思います。
また、昔から「人に教えるとよく理解できる」と言います。ともに学び合い、教え合う。そうしたことはやはり、リアルな場にいないと難しい気がします。
加えて、異分野の人が集まる場所をつくり、研究成果が上がったというのはもっともなことです。私がアメリカに留学していた時に所属していた研究所は、「研究背景を異にする同じ分野の研究者」が数多くいるところでした。彼らと話をしていると、同じものに対しても捉え方が全く異なっていたため、最初は驚いたものです。「同じもの対する捉え方がこんなに違うのはなぜなのだろう」とよく疑問に思いましたが、考えていくうちに、「この人は研究の背景が違うからそのような見方なんだ」、「だからむこうからだと、これはそんなふうに見えるのか」と気がつきました。
私はそうした環境が初めてだったものですから驚かされましたが、あの環境でずっと研究をしているような方たちは、異分野の研究者たちとの交流の中で、たくさんのアイデアを生み出す力や、新しいものをつくる力を身につけているように思います。
反対に、そうした環境があまりないことが、今の日本の技術力・研究力の低下につながっているのではないでしょうか。自身の専門分野において新しい課題が出た時に、それを克服する力については、日本人も他国の人と比べて遜色ないものを持っています。けれども、全く新しいものをつくる力に関しては、やや不足しているように感じます。
その意味で、オンラインのみの学びの場とは少し違った、さまざまな人たちが集える場、たとえ授業では集えなくとも、サークルなど、さまざまな人たちと一緒に何かに取り組めるリアルな場があることは、とても大事だと私は思います。 そのため、熊本大学との共同教員養成課程でも、本学の学生と熊本大学の学生がリアルな空間で話をするチャンスをつくりたいです。そしてその交流を通じて、他者と協働する力だけでなく、新しいものを生み出す力を養ってほしいと考えます。
ただし、それは学生たちに物理的な負担をかけることになるのも事実です。隣の県とはいえ、移動は結構大変ですからね。
--佐賀県から熊本県への移動にはどのくらい時間がかかるのですか。
新幹線を利用した場合で1時間くらいです。そのため、学内の学生同士のように、頻繁に会えるわけではありません。しかしながら、やはりリアルな場で一緒に話をする機会も必要だと思います。
--オンライン授業が主であるとはいえ、今後共同で教育を行なっていくとなると、必然的に学生間の交流も増えていくように思います。
きっと今の学生たちなら、オンラインを自在に操り、自由にふれあう機会をつくっていくことでしょう。期待しています。
学生支援強化に向けた新しい取り組み、新学環設置構想について語られる[後編]はこちら
佐賀大学 兒玉 浩明 学長
プロフィール
佐賀大学理工学部化学科卒業、同大学大学院理工学研究科修士課程修了、九州大学大学院理学研究科博士課程修了。
専門分野は生物化学。
1988年、佐賀大学に着任。1994年、助教授。2009年、教授。
2013~2019年には東京理科大学総合研究機構の客員教授も務める。
2019年10月、佐賀大学学長に就任。
所属学会:
日本化学会/日本生化学会/日本農芸化学会/日本ペプチド学会/
アメリカ化学会 /アメリカ生化学及び分子生物学会/アメリカペプチド学会
インタビュー:本山德保・原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)
構成・記事 :山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)