沖縄大学 山代 寛学長インタビュー[後編]
■「さまざまな偶然が重なり、今ここにいる」 現在地から振り返る山代学長の半生
--最後に、山代先生ご自身のキャリアについておうかがいします。山代先生は、琉球大学医学部をご卒業後、臨床医としてご活躍されました。そして、医師を引退されたあとは、医学部とは異なる学部の教育者として、その後学長として、大学をリードしていく立場となられます。このご自身のキャリアに対する率直な思いをお聞かせください。また、偶然そうした道を歩むことになったのか、あるいは、何かお考えがあって意図的に歩んできた道なのかについても、うかがえますと幸いです。
正直なところ、自分でも、「どうして今、学長をしているんだろう?」と不思議に思います。
私は外科の修行を長いことしており、その中で、タバコのせいで身体を壊している人をたくさん見てきました。「駄目だと分かっているのに、どうして吸うんだろう」、「タバコをこの世からなくしてしまえば、みんな元気に長生きするんじゃないか」。そうした非常に単純な考えから「地域を禁煙にしましょう」というような取り組みを、前の勤務地で一生懸命やっていました。
ところで、川井勇先生という、本学の人文学部こども文化学科で教授をなさっていた方がいらっしゃいます。実は川井先生は、私が琉球大生時代にとてもお世話になった方でもあるのです。その川井先生から「沖縄大学で医者を探しているんだけど来ないか」とお声をかけていただいたことが、私が沖縄に戻ってくるきっかけとなりました。
なぜ私に声がかかったのかというと、本学の人文学部には福祉文化学科という、社会福祉士を養成する学科があり、そこには必ず医師が授業を担当しなければならない講義がありました。その授業の担当教員として、私に声がかかったのです。
他方、お声掛けいただいた当時の私の状況はというと、勤務していた病院がダウンサイジングを迫られており、「もううちの病院に外科はなくてもいいよね」という流れの最中にありました。そうした状況でしたので、「これは、沖縄に行けるな」と思い、この地に戻ってきた次第です。そして、沖縄県の喫煙対策に一生懸命取り組んで参りました。
しかし、「沖縄を健康にするためにはどうしたらいいか」を考え、さまざまな取り組みを行なっていくうちに、「沖縄の健康を蝕んでいるのは、タバコだけではない」ということが分かってきました。この課題には、もっと広い視野で取り組む必要があったのです。
「沖縄県全体を健康にする」。この課題を解決するためには、「子どものうちから正しい生活習慣を身につけること」が大切であると気がつきました。沖縄県が「次世代の健康教育を一生懸命やります」と宣言した際、そのプロジェクトメンバーに加えていただいたのですが、このことが、以後さまざまなことに関心をなすきっかけとなりました。
その活動をしていく中で、「食も大事だね」という話が出たことをきっかけに、2019年、本学に健康栄養学部管理栄養学科が開設されます。県内唯一の管理栄養士養成機関です。その開設にあたっては医師が必要となるのですが、周囲から「山代さんがいるからできるよね」と言っていただきました。その時は、私にできるとは露ほども思いませんでしたが、県の意向や世の中の流れが、「そりゃやっぱり管理栄養学科は、地域に根差している沖縄大学につくるべきなんじゃないか」と後押しをしてくれました。そうした追い風も受けて、私は今、ここにいるという感じです。たくさんの偶然が重なって、今ここにおります。
--外科医の仕事に未練はなかったのでしょうか。
外科医とは、ある程度の年齢になると、自分の限界が見えてくるものなのです。私の勤めていた病院は救急車が毎日何台も来るようなところでしたが、「地域のために頑張っている」というやりがいもありましたので、若いうちは、週2回ほど当直をしていてもまったく平気でした。ただ、今振り返るとそれは全く休んでいないので、身体によくない状態ではありましたね。
それができるうちは良かったのですが、年を取るにつれ、やはり少しくたびれてきていたのでしょう。限界を感じ始めたのが、50歳を目前に控えた時期でした。その時に、ちょうど沖縄大学から声がかかったのです。偶然なのか、はたまた必然なのか、私の医者としてのキャリアの区切りと、沖縄大学が医療人材を求めていた時期がぴったりと重なりました。不思議ですよね。
--本日は貴重なお話をたくさんお聞かせいただきまして、誠にありがとうございました。
■エピローグ
--山代先生が学生にお勧めしたい本を教えてください。
本学の教員でいらっしゃった屋嘉比収(やかび おさむ)先生の遺言となる著書『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす: 記憶をいかに継承するか』(世織書房、2009年)。2023年から学内有志(学生、教職員)で輪読しています。
それともう一冊、大学の同僚の吉川麻衣子(よしかわ まいこ)先生による『沖縄戦を生きぬいた人びと』(創元社、2017年)もおすすめしたいです。本書は、沖縄戦体験者の生の声を、17年かけて丹念に聴き取った記録です。高齢化が進み、沖縄戦体験者の生の声を聴く機会が少なくなっている今、本書は体験者の多様な声を通して、沖縄戦の悲惨さを深く理解し、平和の大切さを改めて認識できる、貴重な一冊だと思います。
沖縄大学 山代 寛 学長
プロフィール
琉球大学医学部医学科卒業、鳥取大学大学院医学系研究科博士課程修了。
沖縄大学健康栄養学部管理栄養学科教授。
沖縄県禁煙協議会会長/沖縄スピリチュアルケア研究会副会長/
ANDOGネットワーク会長ほか。
専門分野は健康教育、解剖生理学、臨床病態学。
学会発表のほか、各種セミナーの実施や、タバコの健康被害や禁煙に関する勉強会・講演会などの諸活動を精力的に行なっている。
主な著作
『沖縄で学ぶ福祉老年学』(共著)学文社,2009年
Amazon.co.jp: 沖縄で学ぶ福祉老年学 : 西尾敦史, 宮本晋一, 玉木千賀子, 村田真弓, 朝倉輝一, 金城 一雄, 山代 寛, 國吉 和子: 本
インタビュー:原田広幸・馬場雅記(KEIアドバンス コンサルタント)
構成・記事 :山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)