• TOPインタビュー
  • 国際紛争、大規模災害、少子高齢化など、厳しい状況の中で新しい道を拓くための人材育成・社会貢献に資する大学への期待は大きい。真摯に改革に取り組む大学トップの声を紹介する。

名古屋外国語大学 亀山郁夫学長インタビュー[前編]

日本社会の行く末は 

 亀山私が自覚的なペシミストだから、というわけでもないのですが、日本人の知性の劣化は危険水域に入っていると思います。日本人一人ひとりというよりも、全体としての知的関心の低さ。日本の停滞感は、主に人口問題に起因しています。

 人口の5%が優秀層だったと仮定します。中国もインドも14億人強の人口で、日本の人口の10倍以上です。ということは、知的エリートやリーダーが日本の10倍以上いるということになります。最近、中国人は嫌いだとさげすむようなひともいるけど、とんでもない。知的探求心にあふれる、誠実な人たちが実際にたくさんいる。こんな状況で、実力主義のガチンコ勝負をしても、中国やインドにかなうはずがない。

 日本人の勝ち残る道は、もはや(隠喩的な意味での)「長寿」にしかないと思います。長寿、つまり長生きして健康でいることを至上命題とする知的関心のことです。身体的なセキュリティーを第一に大切と考える立場です。生命論と言ってもよいと思います。実際に、人生100年時代に一番近いのは、日本人です。

 もはや、冒険心や勇気は要らない。向上心すらも要らないかもしれない。内向きで、つつがなく、とにかく健康でい続けることを追求する。ただ、これは、本当にいいことなのか? 私にはわかりません。ともかく、日本人は長寿を武器とするしかない。諸刃の剣となることもあり得るが、「長寿」を活かす道以外はないのではないか。

 私の雑談相手に、ある場所の守衛のおじさんがいるのですが、私が東京で仕事するときには、いつも日課のように彼とお話をします。彼の話題はもっぱら健康のこと。自分の病気のこと、病院の話、飲んでいる薬の話。他にやりたいことはないのかと聞いても、とにかく長生きの話。90歳までは生きたいと言っています。その生命に対する飽くなき欲望は、すがすがしいほどです。

 このおじさんと同じような生き方を志向する日本人は多いと思います。人間の生命(健康と長寿)とセキュリティーへの過剰な配慮は、宿命論を否定します。運命論から、いまただ単に生きているという喜びを称揚する生命論へ。ここに、可能性と絶望のどちらを感じるのが正しいか、私にはまだ判断できませんが、人生100年時代を生きる日本人の戦略的投資分野は、広義の生命科学であることは確かでしょう。

後編]はこちら


名古屋外国語大学 学長 亀山郁夫(かめやまいくお)

プロフィール
1949年(昭和24年)栃木県生まれ。東京外国語大学卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程得退学。ロシア文学者。日本芸術院会員。天理大学、同志社大学で教鞭をとり、母校・東京外国語大学で教授、学長を歴任。現在、名古屋外国語大学学長、世田谷文学館館長。1991年から10年間、NHKテレビ『ロシア語会話』の講師を務める。
『磔のロシア―スターリンと芸術家たち』(岩波現代文庫)、『新カラマーゾフの兄弟』(河出書房新社)、『ドストエフスキー 黒い言葉』(集英社新書)、『ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光』(岩波書店)、『人生百年の教養』(講談社現代新書)、『増補「罪と罰」ノート』(平凡社ライブラリー)など著書多数。訳書では、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『白痴』『未成年』(光文社古典新訳文庫)など。国内での様々な受賞歴の他、「プーシキン賞」「ドストエフスキーの星・勲章」受賞。

 主な著作
『人生百年の教養』(講談社現代新書) https://amzn.asia/d/7uaDAbM
『ドストエフスキー 黒い言葉』(集英社新書) https://amzn.asia/d/ajuF7aN
『増補「罪と罰」ノート』(平凡社ライブラリー) https://amzn.asia/d/iIjmzdi

インタビュー、構成・編集:原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)

関連記事一覧