
武蔵野大学 小西聖子学長インタビュー
■資本主義的な価値観における「成功」のための学問ではない――ウェルビーイング学の目指すもの
--近年の医学や科学では、治癒だけでなく、能力をさらに高める「エンハンスメント」という概念が議論されています。より強く、より賢く、より快適に、といった方向性です。ウェルビーイングが単なる健康・幸福であること以上のことを表す概念だとすると、エンハンスメント的な考え方と「ウェルビーイング学」が目指すものが混同される危険性はないでしょうか。
小西学長:そこは明確に区別しなければなりません。ウェルビーイング学は「功利的にサクセス(成功)するための学びではない」と断言できます。サクセスを追求する心は、常に不安と裏表の関係にあります。さらなる成功を求め続ける欲望には、キリがありません。
ウェルビーイングとは、むしろ「自分は、いったい何を目指しているのか」と、自身のあり方を振り返る力を内包するものです。トラウマから回復した人が持つ「人の役に立ちたい」という積極性は、競争に勝つためのエンハンスメントとは全く質の異なるものなのです。
--昨今の大学教育は、資本主義社会で「勝ち残る」ための教育へとシフトしているように感じます。そうした流れに対する「アンチテーゼ」として、ウェルビーイングの考え方やリベラルアーツの学びの重要性が増しているのではないでしょうか。
小西学長:まさに、おっしゃる通りです。ウェルビーイング学を構想するにあたり、その性質の一つとして「現代のリベラルアーツ」という位置づけを考えていました。「本来リベラルアーツ教育とは、自由市民が思考したり表現したりできるようにする教育です。教養主義がその力を失いつつある今、「サクセス」の意味を問い直さなければならない。先ほど申し上げたように、サクセスの裏側には不安があります。こうした「成功への渇望」が生む不安に対処するために、「サクセスとは何か」について考え、自らを振り返る力を得るための学問が必要です。それが、現代におけるリベラルアーツの新たな姿だと考えています。
--現代の学生や社会人は、就職活動や仕事に追われ、成功へと駆り立てられるあまり、自分自身のウェルビーイングを振り返る暇もないように見えます。
小西学長:だからこそ、人間の本質的な力に目を向ける必要があります。私は「利他」、つまり人は本来、人を助けたいという欲求を持っていると信じています。他者の役に立つという実感は、自分が成功することとは全く異なる次元の喜びであり、ウェルビーイングに不可欠な要素なのです。


