
武蔵野美術大学 長澤忠徳 理事長インタビュー
「ひらかれた美大」は、社会を変えるか——学校法人武蔵野美術大学 長澤 忠徳 理事長が語る「ビジブルな知性」を核とした教育革命とその未来
1929年に帝国美術学校として開校した武蔵野美術大学(以下、ムサビ)は、日本初の造形学部を開設するなど日本の美術教育界において、革新の旗手であり続けてきた。「社会にひらく美大」を掲げ、2015年に同学の学長、2023年には理事長に就任した長澤忠徳氏は、造形構想学部の設立や市ヶ谷キャンパスの開校など、新しい時代に向けた美術大学の教育改革に取り組んできた。
今回は、長澤理事長も開校に深く関与し、地域社会との共創を主軸においた市ヶ谷キャンパスを訪れ、大学ブランディングを専門とする株式会社コトヴィアの荻原実紀さんをインタビュアーとして対談を実施。実社会の中で生かされる美術教育、AI時代に求められる「人がつくる意味」を育む教育のあり方、そして「ビジブルな知性に込めた想い」について掘り下げて話を聞いた。
社会にひらく大学へ:東京宣言と意識の転換
--市ヶ谷キャンパスが開校した2019年は、ムサビにとって「都市へひらく」という象徴的な出来事だったと感じています。拠点の地理的な移動は、大学の存在意義そのものを社会に向けて再定義するほどのインパクトがあります。そこにはどのような背景があったのでしょうか。
長澤理事長:市ヶ谷キャンパスは、都心における教育研究・情報発信拠点として開校しましたが、文部科学省による平成24年度グローバル人材育成推進事業(特色型)に採択されたことが契機になりました。当時、美術大学で唯一選ばれたんですよ。5年間の助成金をいただき、そこから、さらなる国際化を目指したわけです。これを活用して海外から招聘する教員の数を倍にしたり、“Global Design Education Forum”(グローバル・デザイン教育フォーラム)を開催したりと、国際連携を一層深めていきました。
--まさに「社会にひらく美大」の動きのはじまりですね。そこには、どのような問題意識があったのでしょうか。
長澤理事長:ひとつは、2009年に本学が80周年を迎えたことを記念して開催した「世界美術大学 学長サミット」です。その際、基調講演をお願いしたのが、シカゴ美術館付属美術大学の学長などを歴任されたトニー・ジョーンズ氏でした。このサミットの成果として「東京宣言」が発信されたのですが、その核心は「美大は社会に開いてこなかった」という自己批判です。社会から見れば、美大生が中で何をやっているかわからない。その閉じた砦の中から出て、もっと社会に開いていくべきではないか、と。それが世界の美術大学を率いる学長たちとの共通認識になったのです。
このことが私の中に強く残り、大学改革の基本ビジョンとして、後の10年間の取り組み、そして新学部設立へと繋がっていきました。

(次のページに続く)


