
「2040年の大学・高校、高大接続を展望する」溝上・増谷対談レポート
3. 二極化する大学の構造問題:都市部大規模大学と地方小規模大学の現実
日本の大学教育が直面する課題は一つではない。「都市部の大規模大学」と「地方の小規模大学」の間には深刻な二極化が存在し、この構造を理解することなくして、今後の高等教育問題を語ることはできない。
溝上氏は、都市部の大規模大学が抱える教育上の問題を指摘する。もちろん、ブランドや偏差値に関わらず、大規模大学においても、アクティブラーニングやプロジェクト型学習(PBL)のような先進的な取り組みは提供されている。しかし、それは一部の授業で行われるものだったたり、一部の学生向けの選択科目で行われているだけだったりする。大多数の学生が受ける講義科目は旧態依然としており、単位取得が簡単な「楽勝科目」ほど、そのような授業であることも多い。
こうした大規模大学の抱える問題は、かつて、大学の研究体制が十分に機能していた時代に、教育体制の改革を「怠った」ことが原因と言えるのではないか。
偏差値上位の大規模大学は、こうした「教育」は中等教育までで終わらせてもらって、大学では「教育」はやらない(できない)、と開き直るのか。つまり、大学=「研究」機関としての役割に居直るのか。それとも授業料を受け取り「教育」に責任をもつ機関として、責務を全うするのか。偏差値上位校(とくに大規模校)は、このような岐路に立たされている。
増谷氏は、取材を通じて得られた情報をもとに、主に地方にある小規模大学が持つ独自の価値を説明し、他方でそういった大学が置かれている窮状を説明した。
ボリュームゾーンの大学における教育の実態としては、入学時点では様々な課題を抱える学生に対しも、教職員が一体となって、一人ひとりの学生に親身に向き合い、学びへの意欲の「火をつける」という重要な役割を果たしている例が多い。しかし、そのような大学は、優れた教育を実践しているにもかかわらず、ブランド力や宣伝力(経済力)がないために、定員割れに陥り、結果として「ニーズがない大学」という不当なレッテルを貼られてしまっている。
増谷氏は、国の政策の矛盾も指摘する。文部科学省は地方大学の重要性を認めつつも、国家予算上の制約と省庁間のパワーバランスによって、意図には反して、定員割れの大学を切り捨てる方向の政策に加担してしまっているのではないか。
次いで、議論では、「Fランク大学」という半ば侮蔑的に使われることも多い言葉が取り上げられ、世の中の、大学の価値に関する「誤った」見方が指摘された。社会に根強く残る大学の社会的価値への疑念やステレオタイプが、「定員割れの大学は不要」という風潮・世論を後押しし、とくに地方において大学・短大等の高等教育機関が担う「重要かつ独自の役割」を見えないようにさせている。
大学の問題をひとくくりに論じることの危うさも明らかになった。都市部の大規模大学に求められる改革と、地方の小規模大学が生き残るために必要な支援は全く異なる。それぞれの大学が持つ役割と課題に応じた、よりきめ細やかな政策と社会的な理解が不可欠である。
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