オピニオン/研究

複雑・多様化する社会の構造的な課題を提起し、これからの高等教育のあるべき姿などを問い、課題解決の方法を提言していく。

【Ⅲ.学生の変化】Part.3「現場の課題と各大学の取り組み」-全国国公私立大学学長アンケート2024-2025 詳細分析-

設問Ⅲ-10 学生のメンタル不調への対応や不本意な退学の防止に効果をあげている取り組み

最後に設問Ⅲ-10として、設問Ⅲ-8に示した4項目以外で、「学生のメンタル不調への対応や、不本意な退学の防止に効果をあげている具体的な取り組み」を自由記述形式で問うた。回答数は209件であったが、箇条書きで複数の相談内容が挙げられたものを個々に分けて集計すると、実質回答としては全部で326件の取り組みが挙げられた。
→ 設問Ⅲ-10のすべての回答はリンク先から確認できます(google drive)


「組織体制の整備」に分類される回答は79件見られた。「アドバイザー制度」を採用しているとある大学では、「1~4年次の必修科目となっているゼミナールの担当教員(アカデミックアドバイザー)が一人ひとりの学生と定期的(2か月に1回程度)に面談を行い、学習面に限らず学生からの相談に幅広く対応している」という。「担任制度」も比較的多くの大学から挙がっていたほか、「チューター制度」「メンター制度」「ティーチングアシスタントや支援教員によるサポート」を挙げた大学もある。学生による「ピアサポート」を実施している大学も一定数見られた。「低学年次から(少人数)ゼミ体制」を取ることで、ゼミ担当教員が学生の最初の相談窓口として機能しているとの意見も、複数の大学から挙がっている。そのほか組織体制の整備としては、中退予防に関する全学的組織を設けている大学もあるようだ。

図55 「組織体制の整備」(設問Ⅲ-10 学生のメンタル不調への対応や不本意な退学の防止に効果をあげている取り組み)


「学業関連」に分類される回答は51件見られた。出席状況や成績状況の芳しくない学生への声掛けや面談、学生サポート室への誘導を行っているとの意見は複数の大学で挙げられていた。また授業を中心とする「教育活動」を通した間接的サポートを実施している大学も散見され、「心と身体の健康をテーマにした授業を専門部局の教職員が担当している。学生が心と身体の健康に関する知識をつけ、自己管理ができるようになるとともに、専門部局を学生に知ってもらったり、相談の敷居を下げることに役立っていると思われる」との意見や、「『死について語る会』や『アサーション(自己表現)トレーニング』などのプログラムを展開し、学生の悩みを共有したり、受け止めることで、緩和や解決に向けたきっかけとなっている」、「特に退学などについては、新入生の時に友人関係を構築できるかどうかが重要であるため、1年次の初年次教育などでのグループ活動が効果的であるように感じている」といった意見などが見られた。各大学でさまざまな工夫がなされていると分かる。また、「授業改善ミーティングを実施している」との声も聞かれた。

「転籍対応」を挙げた大学の中には、通信教育部への転籍試験を実施している大学も見られた。このほか、入学予定者を対象に入学前相談の期間を設け、入学前に学生の不安を解消しようと取り組んでいる大学もある。また、配慮が必要な学生への授業等の措置も挙がっていた。

図56 「学業関連」(設問Ⅲ-10 学生のメンタル不調への対応や不本意な退学の防止に効果をあげている取り組み)


「学内連携」に力を入れている大学も多い。「部局間の連携」は多くの大学が回答している。例えば、「学科教員、部活動の指導者(学内の教職員)等が学生のメンタル不調などに気づき健康サポートセンターに連絡、保健室や学生相談室に繋がり、必要に応じ学校医(精神科医)につながるような状況」の構築が挙げられていた。

また、「情報共有の場」を設定している大学も多く、「専門部局間の定期的なカンファレンス」や「教職協同による、全体での共有の場を設けている」大学もあるとのこと。特に後者については、「この取り組みは課題のある学生へのいち早い対応だけでなく、支援する教職員の心理的負担の軽減にも寄与している」と述べられていた。

図57 「学内連携」(設問Ⅲ-10 学生のメンタル不調への対応や不本意な退学の防止に効果をあげている取り組み)


「教職員による個々の対応」を挙げた大学も当然ある。特に「教員による対応」を挙げた大学は複数存在し、教員に学生との定期的な面談や、出席状況不良者および成績不良者との面談を実施してもらうなど、学生個人の状況把握やケアを教員が担っている大学は多いようだ。同様に、ゼミ担当教員によるこまやかな対応も挙がっていた。また、オフィスアワーを設け、学生が教員を自由に訪問できる機会を挙げた大学もある。このほか、教職員による対応として、「1~3年次前期までは、学生一人ひとりに学生相談員(教育職員)を配置して学生生活や勉学に関する指導と相談を行っている」大学や、「学籍異動や奨学金の申し出者に必ず面接を行い、個人の事情の把握につとめ、代替案などを検討・提示する」など丁寧なサポートを実施している大学も見られた。また、事務職員や助手による電話かけも回答として挙がっている。

「学外組織との連携」については、特に留学生のサポートにおいて「本人の希望があれば外部のコーチによるサポートを行っている。これまで翌年の進級率や卒業率の向上という効果を認めている」と回答した大学があった。このほかにも、外部の精神科医による定期的なメンタルヘルス面接の実施している大学や、外部医療機関と連携している大学、学内の相談窓口に加えて外部の相談窓口も設置している大学、大学に来ることが難しい学生等に対し、24時間・年中無休で専門家(臨床心理士等)に電話相談できるサービスを導入している大学など、学外組織と連携したさまざまな取り組みが挙げられている。すべて学内で負担するのではなく、うまく学外組織と連携しながら学生をサポートしているようである。

「研修」については、教職員への研修・啓発だけでなく、文科系・体育系のクラブリーダーに向けた研修プログラムとしてリーダーストレーニングを開催し、ハラスメント対策のための研修を実施している大学も見られた。

「専門部局」に分類される回答としては、保健室が常設の窓口として機能していることや、「なんでも相談コーナー」を設けて心身の不調に限らない様々な悩みを相談しやすい窓口として機能していることが含まれる。

図58 「教職員対応」「学外連携」「研修」「専門部局」
(設問Ⅲ-10 学生のメンタル不調への対応や不本意な退学の防止に効果をあげている取り組み)


「定期的に学生相談室イベントを開催し、相談室の広報及び相談室に来るハードルを下げる」よう工夫している大学も見られた。また、イベントは学生の孤立防止にも寄与するとし、具体的施策として「カウンセリングを利用している学生に対し、ピアグループ活動を実施、学内での安心感の向上や対人交流の機会を提供」していることや、「孤立防止のための学生交流イベント(おさんぽの会、ヨガ、心理テスト、クリスマスイベントなど)を定期的に実施」していること、「上級生との繋がりを促進する正課内及び正課外の企画を実施し、特に低学年の学生の就学上の不安を少しでも減らすことを試みている」ことなどが挙げられ、各大学でさまざま取り組みが実施されている様子がうかがえた。「学生相談室内のフリースペースでの居場所づくりや、お菓子作りなどのワークショップなどの企画が、『相談未満』だが『悩み』のある学生へのサポートになっている」との声も聞かれている。

「居場所づくり」という観点では、全学生に向けて「休み時間に静かに食事や休憩ができる部屋」など落ち着ける場所の提供を行っている大学も複数見られた。また、「相談やカウンセリングについて敷居を高く感じる学生もいるため、居場所としてのサロン活動を行っている。授業には出られないがサロンには来られる学生もおり、休学中に復学を目指して、通学リハビリとしてサロンを利用する学生もいる」と回答した大学もある。

図59 「イベント実施」「居場所づくり」
(設問Ⅲ-10 学生のメンタル不調への対応や不本意な退学の防止に効果をあげている取り組み)


学生への周知を図る点で、「相談室だより」LINEによる定期的な情報発信」「合理的配慮の申請方法について、障がい学生支援室から大学ポータルサイトで全学生に周知」といった取り組みを挙げた大学もあった。トイレの個室に相談室の案内を掲示したり、定期的なメルマガの発行、インスタグラムを利用した情報発信を行っている大学も見られる。

しかしながら、待っているだけでは学生が相談室になかなかやってこない場合も多い。健康診断でのスクリーニングを行い、幅広い学生の話を聞く機会を設けている大学、入学時のアンケートとその後のカウンセラーによる面談を実施している大学、教学IRにより退学学生の特徴を抽出している大学など、各大学でさまざまな調査が実施されていた。

様々な事情により修学に困難をきたし、卒業が難しい学生に対し、ハローワーク等と連携し、就労および就労支援に向けた準備を行い、社会に送り出すサポートを行っている大学もある。また、大学独自の奨学金で、経済的な理由により修学が困難な学生を支援していることを挙げた大学もあった。

図60 「情報発信」「調査」「就労支援」「経済的支援」
(設問Ⅲ-10 学生のメンタル不調への対応や不本意な退学の防止に効果をあげている取り組み)


学生のメンタルヘルスをケアするには保護者との連携も非常に重要となる。保護者を含めた学生との面談はもちろん、「学生、保護者に対し、相談室の予約システムを導入。特に保護者からの利用増が見られ、家族・家庭を巻き込んだ形で早期の対応を図っている」と回答した大学や、「学生の出席情報を保護者と共有できるシステムを提供している」大学もあるそうだ。

小規模校ならではの学生と教員との距離の近さを生かした丁寧な学生の状況把握を挙げた大学も複数見られた。そのほか、リアルの意見箱に加えてWEB意見投書サイトを設置していることを挙げた大学や、「コロナ禍を契機に導入したオンライン相談を現在も継続しており、心身の不調により外出が難しい学生や、留学中の学生などの支援に活用している」と述べた大学もある。加えて、「教職員と学生が交流する機会を増やすことが退学防止につながると考えている」との意見もあった。

図61 「保護者との連携」「その他」
(設問Ⅲ-10 学生のメンタル不調への対応や不本意な退学の防止に効果をあげている取り組み)

「全国国公私立大学学長アンケート2024-2025」の「Ⅲ.学生の変化」に関する詳細分析は以上である。


Part1「学生のメンタルヘルスと休退学」はこちら
Part2「学生からの相談内容」
はこちら

集計・分析・執筆:山口夏奈(KEI大学経営総研 研究員)

関連記事一覧