『学力喪失 ― 認知科学による回復への道筋』今井むつみ 著 (岩波新書)
今井むつみ 著『学力喪失 ― 認知科学による回復への道筋』 (岩波新書)
子どもたちが本来の「学ぶ力」を学校で発揮できないのはなぜか。学力の躓きの原因を認知科学の知見から解明し、希望をひらく。
■著者からのメッセージ
私の一番の専門分野は子どもの母語の言語習得である。……概念知識をほとんどもたない乳児が、いったいどのようにして言語を習得できるのかという謎にずっと挑み続けてきた。結論を言えば、言語の習得という偉業を達成できるのは、人間の子どもの推論の力、知識を学習する力の所以である。
「学ぶ力」は漢字二字で表記すれば「学力」である。しかし、現代社会において「学力」とは何かと問えば、ほとんどの大人は「学校での成績」と答えるだろう。素晴らしい「学ぶ力」をもっているからこそ、言語を習得することができる乳幼児が、小学校に入学して以降は、学習内容についていけなくなってしまい、「学力が足りない」とみなされてしまうのはなぜなのだろうか? その問いが筆者を突き動かし、本書を執筆させた。多くの子どもたちが、学びは困難で自分には無理なのだと思ってしまう「学習性無力感」に陥っているのは、子どものせいではなく、大人のほうに何か根本的な誤解があるためではないか。大人たちこそが、すべての子どもが本来的にもつ「学力-学ぶ力」を喪失させているのではないかと考えるようになった。
しかし、人間の子どものもつ「学ぶ力」をもってすれば、喪失してしまった学ぶことへの意欲は、大人の工夫で回復することができるはずだ。乳幼児期の子どもたちが自らの「学ぶ力」で言語と概念を習得していく姿をずっと目の当たりにしてきた筆者にとって、それは揺ぎのない確信である。そのために必要なのは、大人が、自分たちが(あるいは社会全体が)有している、「学び」や「知識」についての誤認識に気づき、子どもたちの躓きの原因を理解した上で、子どもたちによりそい、子どもたちが本来持つ「学ぶ力」を引き出せるように教育を変えることなのである。本書の書名「学力喪失──認知科学による回復への道筋」はその意図と願いによってつけられたものである。
「学力喪失」と聞くと、いまの子どもたちの学力が昔と比べて下がっている話なのかと思われる向きもあるかもしれない。しかし、そういうことではない。子どもたちが本来的に持っている「学ぶ力」をなぜ十全に発揮することができないのか、その原因と回復への道筋を認知科学の視点から解き明かしたいのである。
──「はじめに」より
■『学力喪失 ― 認知科学による回復への道筋』目次
はじめに
第Ⅰ部 算数ができない、読解ができないという現状から
第1章 小学生と中学生は算数文章題をどう解いているか
1 算数文章題につまずく小学生
2 小学生の算数文章題につまずく中学生
3「意味の不理解」が引き継がれる
第2章 大人たちの誤った認識
1 テストと学力についての誤認識
2 知識についての誤認識
3 スキーマなしでは学習できない
第3章 学びの躓きの原因を診断するためのテスト
1 「たつじんテスト」の開発まで
2 「たつじんテスト」は思考力を測る
3 点数をつけるよりも大事なこと
第Ⅱ部 学力困難の原因を解明する
第4章 数につまずく
1 「数」はモノを数えるためにあるわけではない
2 分数というエイリアン
3 かけ算・割り算の意味がわからない
第5章 読解につまずく
1 「読める」とはどういうことか
2 問題文を理解するための語彙が足りない
3 単位、時間、空間のことばを理解できない
4 行間を埋めるための推論ができない
第6章 思考につまずく
1 認知処理の負荷に押しつぶされる
2 状況に応じた視点の変更ができない
3 パーツの統合ができない
4 モニタリングと修正ができない
第Ⅲ部 学ぶ力と意欲の回復への道筋
第7章 学校で育てなければならない力――記号接地と学ぶ意欲
1 生成AIと記号接地
2 子どもはどのように記号接地しているのだろうか?
3 アブダクション推論とブートストラッピング
4 自走できる学び手へ
第8章 記号接地を助けるプレイフル・ラーニング
1 プレイフル・ラーニングの考え方
2 時間概念の記号接地――プレイフル・ラーニングの実践1
3 分数概念の記号接地――プレイフル・ラーニングの実践2
4 知識を身体化できるのは学び手のみ
終章 生成AIの時代の子どもの学びと教育
参考文献
図版出典一覧
あとがき
定価1,276 円(10%税込)
刊行日 2024/09/20
■著者略歴
今井むつみ(いまい むつみ)
1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。
現在―慶應義塾大学環境情報学部教授。
専攻―認知科学、言語心理学、発達心理学。
著書―『ことばと思考』(岩波新書、2010年)
『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書、2013年)
『言葉をおぼえるしくみ――母語から外国語まで』(共著、ちくま学芸文庫、2014年)
『学びとは何か――〈探究人〉になるために』(岩波新書、2016年)
『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房、2020年)
『英語独習法』(岩波新書、2020年)
『算数文章題が解けない子どもたち――ことば・思考の力と学力不振』(共著、岩波書店、2022年)
『言語の本質――ことばはどう生まれ、進化したか』(共著、中公新書、2023年)ほか