
武蔵野大学 小西聖子学長インタビュー
「現代のリベラルアーツ」としてのウェルビーイング 小西学長に聞く
成功への絶え間ない圧力、AIの台頭、コロナ禍を経た学生のメンタルヘルスの問題---現代の大学教育は、その存在意義を根底から問われている。こうした時代認識を背景に、武蔵野大学が2024年に設立した日本初のウェルビーイング学部と、2026年4月に開設される予定の日本で初めて「修士(ウェルビーイング)」、「博士(ウェルビーイング)」の学位を取得できる大学院ウェルビーイング研究科は、単なるユニークな試みに留まらず、高等教育が直面する危機への一つの明確な応答として注目を集める。
精神科医としての知見を持つ小西聖子学長は、この新しい学問領域を「現代のリベラルアーツ」と位置づける。インタビューでは、その真意と、これからの時代に大学が果たすべき役割について、学長に話を聞いた。
■ウェルビーイング学部の創設理念は、「幸せ」を形にすること
--まず、武蔵野大学が「ウェルビーイング」に焦点を当てた学部、そして大学院の専攻を設立された経緯と、そのコンセプトについてお聞かせいただけますでしょうか。学問分野としても非常に新しく、大学の取り組みとしても画期的なものだと感じています。
小西聖子学長:本学は仏教系の大学で、そのブランドステートメント(宣言)は「世界の幸せをカタチにする。」です。これは「生きとし生けるものは幸せであれ」という、仏教の願いに根差した言葉です。私自身の専門である精神科医療、特にトラウマ研究も、まさにこのステートメントに通じる仕事だと感じています。
ステートメントに掲げられた「幸せ」とは、一時的な感情ではなく、よりよい生活、よりよい関係といった持続的な状態、すなわちウェルビーイングとつながっています。幸いにも本学には人の幸せを形にしたいと考える研究者が多く集まっています。そして何より決定的だったのは、この分野の第一人者である前野隆司先生に、学部創設に参画いただけることになったこと。それが、実現への非常に大きな力となりました。
--精神科医として、先生はトラウマや犯罪被害者の支援など、いわば「マイナスな状態」にどう対処するかという研究に長年携わってこられました。そのご経験と、「プラス」を目指すウェルビーイングの研究は、どのようにつながるのでしょうか。
小西学長:臨床現場で患者さんが回復していく過程を見ていると、興味深いことがわかります。トラウマというマイナスの穴が埋まってくると、人は自然に積極的な気持ちを取り戻すのです。例えば、「他の被害者の役に立ちたい」「新しい勉強を始めたい」といった想いが、こちらから促すまでもなく内側から湧き上がってきます。
この経験から、私は「マイナスを埋める仕事」と「プラスを作る仕事」は全く別のことではなく、一連の連続したものだと確信しています。傷を癒すプロセスそのものが、次なるポジティブなステップへの土台となるのです。
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