
武蔵野美術大学 長澤忠徳 理事長インタビュー
世界からの注目と「モデルの輸出」
--ムサビ菌が地域に良い循環を広げているのですね。国内だけでなく、海外からの注目度も高いと伺いました。
長澤理事長:インド工科大学(IIT)や中国の大学が、私たちのモデルを参考にしたコースや授業を実際に立ち上げています。これは私にとって非常に感慨深い。これまでの日本の大学は、海外の先進事例を学び、それを日本流にアレンジするという歴史を辿ってきました。しかし、その関係が逆転した。「日本の大学が作ったモデルが世界に」輸出される。過去の歴史と決別した瞬間だと感じました。
社会で学びを継続する---ソーシャルクリエイティブ研究所
--卒業後も大学とつながり続けられる仕組みがあるのですね。地域や社会とつながりながら、生涯にわたって学びをひらくという点でも、大学のブランド価値を押し上げていますね。
長澤理事長:市ヶ谷キャンパスには「ソーシャルクリエイティブ研究所」をキャンパス開設と同時に設立しています。大学院修了生が「連携研究員」として大学に籍を置きながら、研究やプロジェクトを継続できる制度もあり、「教育・研究を終わらせない」ための仕組みです。研究員となった卒業生は、市ヶ谷キャンパス7階のコワーキングスペースを使用することができます。学びが卒業で途切れるのではなく、これを生かして持続的に社会と関わり、価値を生み出し続けられるプラットフォームを提供しています。

AI時代における人間的価値——「ビジブル」な知性の復権
--現在、さまざまな分野でAIが台頭してきていますが、その進化は、デザイン教育にどのような影響を与えるとお考えですか?
理事長: 生成AIが定型作業を代替してくれることで、人間はより本質的な価値創造に集中できるという側面はあるでしょう。しかし、大きな懸念もあります。「手を動かしてスキルを身体化させるプロセス」を失うことで、物事の良し悪しを判断する「目」や身体的な感覚が育たなくなるのではないか、ということです。
--見えない思考プロセスをどう可視化し、表現していくか、他者に伝えていくかは、まさにデザインの重要な部分ですね。
長澤理事長:身近なところで言うと、料理との関わり方とも似ています。便利になった分、退化してしまった能力がある。昔は出汁を取り、食材を切り、火加減を調整するプロセス全体の中で「おいしい」とは何かを身体で学んでいた。しかし今は、カット野菜と「混ぜるだけ」の調味料で誰でもそれなりの味が出せる。これは便利になる一方で、料理を作る能力そのものの退化を意味し、本質的な感覚が弱くなっています。手を動かすプロセスを生成AIに任せきりにすれば、デザインの世界でも同じことが起こりかねません。
「身体性を伴った知性」は、生成AIには絶対に代替できません。このような時代だからこそ、美術大学ならではの「ビジブル」な(目に見える)教育の価値が高まるのです。経済学や経営学のような学問は、プロセスが「インビジブル(不可視)」です。ノートに何が書かれ、コンピュータ上で何が行われているか、外部からは分かりにくい。しかし、美術教育のプロセスは常に「ビジブル」。紙に線が引かれ、粘土が形を成していく。その過程は常に他者と共有され、批評され、鍛えられていきます。この「見える」状態で学ぶことが、人間にとって決定的に重要なのです。
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