
関西大学 高橋智幸学長 インタビュー 「寄り道」を肯定することが学生の豊かな人生を構築する
「寄り道」を肯定することが学生の豊かな人生を構築する。一大学を超えた高等教育のあり方とは
関西大学は1886年創立の関西法律学校を前身とし、現在は大阪府吹田市の千里山キャンパスを中心に、高槻市や堺市にもキャンパスを抱える総合大学。2024年に就任した高橋 智幸学長は、高槻ミューズキャンパスを拠点とする社会安全学部の創設に関わり、複数の視点から大学全体を俯瞰してきた。その経験を活かして導き出した、単なる大学改革に留まらない、これからの日本の高等教育が担うべき役割とは。高橋学長の哲学をインタビューを通して紐解いていく。
■周縁としての新学部から、大学全体を俯瞰した学部長時代
--学長に就任されるまでの歩みについてお聞かせいただけますでしょうか。
高橋学長:2010年に関西大学に着任し、社会安全学部という新しい学部に関わったことが、代え難い経験になりました。大学という教育・研究機関がどのように出来上がっていくのか、学生の発表会一つとっても、その哲学から教育効果まで、日々議論しながら作り上げていきました。この経験が、現在の学長としての考え方や戦略に大きな影響を与えています。
--社会安全学部は、古くからある千里山キャンパスとは異なる場所にありますね。
高橋学長:はい。高槻ミューズキャンパスという、小さなキャンパスです。関西大学という巨大な組織に属しながらも、中心から離れていたことで、大学全体を客観的に見ることができたのは大きかったですね。社会安全学部長になった時、初めて大学の運営に携わることになりましたが、その時もまずは「学部」という立ち位置から俯瞰していました。そして2020年、副学長になり、今度は大学執行部という「全体」の視点に切り替わった。この移行が、非常に良い流れだったと感じています。


--副学長を終えた後は学長に、というのは当初からのご予定だったのでしょうか。
高橋学長:まったくそのつもりはありませんでした(笑)。というのも、実は副学長の任期を終えた後、サバティカル(在外研究)に行く予定になっていたのです。学部長選挙の時もサバティカルの予定でしたが、選ばれてしまったので延期。学部長が終わったら今度こそ、と思ったら前学長から副学長を頼まれ、また延期。そして副学長の後、諸般の事情で学長選挙に出ることになりました。3度も延期を重ねて今に至ります。
副学長の時は、ある意味で気楽な立場で、大学の仕組みについてかなり批判的な意見も言っていました。大学をよくするために言うべきだと思っていたのです。ところがその後、学長になってしまったので、今は、当時指摘した課題に、自ら取り組んでいるというわけです。
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