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関西医科大学 木梨 達雄学長インタビュー[後編]

後編エピローグ:「患者に寄り添う」とはどういうことか

本学の学長として、推薦したい作品がいくつかあります。

まず、石牟礼道子さんの『苦海浄土 ―わが水俣病』です。世界文学としても全く遜色のない、優れた作品だと思います。読み応えのある本ですが、「患者に寄り添うとはどういうことか」を学ぶ上で勧めています。

「患者に寄り添う」と皆簡単に言いますが、そのときに重要となるのは、「どれだけ多角的な視点を持っているのか」です。

「患者に寄り添う」といったときに、医療人は、まず人間性として、「かわいそうだな、なんとか治してやりたいな」という気持ちを持っていなければなりません。しかし、同情するだけで終わってしまっては、本当の意味で患者に寄り添っていると言うことはできないと思います。社会的な背景、共同体の仕組みなど、その人を取り巻くさまざまな要素をも視野に入れて、患者を見る必要があるのです。

さらに、「この背後にどんな病気が潜んでいるのだろうか」、「この病気はいったいどのように診断して治療すれば良いのだろうか」という科学的な視点も不可欠ですし、患者が実生活に戻る時、「どのような状態がその人にとって“病気が治った”という状態なのか」も考えなければなりません。こうした患者を取り巻くさまざまな要素まで意識することで初めて、「患者に寄り添っている」と言えるのだと思います。

『苦海浄土』では、各章において実に多様な視点から患者の様子が描出されます。聞き書きの形式を取り、文体を変えながら、患者の父母の声や、言葉を発することができない患者本人の考えなどにアプローチしているのです。それだけではなく、社会的背景や共同体の考え方についての言及もみられます。病理解剖の記録や裁判の記録なども記されますが、「1人の人間を理解するのには、これだけの視点と、これだけの言葉が必要なのか」と、私は非常に感銘を受けました。この作品は何度読んでも本当に素晴らしいです。

余談ですが、私は九州地方出身ということもあり、方言を用いた文学にとても新鮮さを覚えました。「方言を用いてもこれほどに豊かな表現ができるのか」と、その意味でも感動しましたね。

加えて、患者に寄り添う上では国の対応も問われます。『苦海浄土』でも、当時の国の制度はどのようであったのか、国と企業はどのように患者に向き合ってきたのかに言及されています。また、悪手と言うべき国の対応は、水俣病に限った話ではありません。薬害エイズも、ハンセン氏病の隔離も、裁判になっている旧優生保護法下での不妊治療などもそれに当たります。決して過去の話ではなく、現代の医療の中でも繰り返されていることなのです。

ハンセン氏病に関しては映画も勧めています。『砂の器』(原作:松本清張、監督:野村芳太郎)です。『砂の器』では、ハンセン氏病への科学的な無知のために社会から排除され、流浪する身に落ちた主人公たちが、たまたまラッキーなことで成長してピアニストになったり、作曲家になったりします。そうした名声を得たことにより、今度は自らの過去を抹消するという暗い感情を抱き、殺人を起こしてしまう…、このような内容がドラマチックに映画の中で表現されています。

作品自体ぼろぼろと涙を流すほどに感動しますけれども、それで終わってしまうのではなく、「どうしてこのような殺人が起こってしまったのか」を、学生には多角的に考えてほしいと思います。

そこには必ず社会的背景に起因する矛盾があるものです。しかし、そうした社会の中でも、人はもがき、生きていかねばなりません。それゆえに、悲しい事件は起こってしまうのです。そうした事実をしっかりと理解してもらうために、私はこの作品を勧めます。


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