再燃する”赤狩り”? 高等教育の自由を揺るがすトランプ政権の「学問介入」

ハーバード大学の提訴に対して、スタンフォード大学、プリンストン大学は、学長名で支持を表明。プリンストン大学は、「政府の法執行には従うが、学問の自由と正当な手続き(due process)は断固守る」との声明も出し、政権の調査には協力しつつ、法的に争う余地もうかがわせている。

ただ現時点では、各大学とも政府と全面対決するより、事態沈静化を図る傾向が強く、まずは自主的改革や一時的な内部対応で危機を乗り越えようとしている状況だ。イェール大学、スタンフォード大学、MIT、ペンシルベニア大学、ピッツバーグ大学、エモリー大学、バーモント大学、ワシントン大学、UCサンディエゴ等が、職員や教員の新規採用停止や校舎改修の凍結など経費節減策を相次いで発表した。ハーバード大学も、当面全学部で教職員の新規採用を中止することを表明している。また、カリフォルニア工科大学は、ブリッジファンド(いわゆるつなぎ資金)の活用などによる短期的な資金繰り調整でしのぐ方針を示している。新学期が始まる9月に向けて、今後各大学はさらなる対応を迫られることになるだろう。


連邦補助金の削減・停止が最も深刻な影響を与えるのは、大学の研究活動である。大学教員からは、連邦政府が大学カリキュラムにここまで踏み込むのは前例がないため、憲法で保障された大学自治への侵害とみなす声が上がっている。理工系分野は連邦政府からの研究費が大きな比重を占めるため、その削減は最先端研究の停滞を招く。すでに研究プロジェクトの延期・縮小や大学院生の募集枠見直しを行う大学も出てきている。

研究者コミュニティでは、とくに自然科学系で、実験の中断や人員整理に追い込まれる事態へ懸念が広がっている。科学誌『Nature』の、アメリカの大学・研究機関の研究者に対する調査によると、回答した約1,600人のうち約75%が海外に移ることを検討している。その3分の2は博士課程など比較的若い層で、研究費削減やビザ剥奪への懸念が背景にある。事態の改善が図られなければ、最悪の場合、アメリカの研究・教育力は低下し、国際競争力にも悪影響を及ぼすことになりかねない。


教育活動や学生支援に与える影響も大きい。補助金の削減によりTA(Teaching Assistant)職の削減や、実習プログラムの縮小、奨学金原資の逼迫による大学院生やポスドクへの経済支援が滞ることが懸念される。名門私立大学には巨額の寄付金や基金があるとはいえ、連邦からの競争的資金が減ることは、教育の質の低下につながりかねない。さらに、この動きが長期化すれば、アメリカの大学への進学や、大学間の交換留学などにも影響を与えることが懸念される。

学生の中からも、「ユダヤ人学生を守るため」と称する予算停止で他の学生の奨学金や研究機会が奪われれば、ユダヤ人への憎悪が増しかねない、との指摘もある一方で、イスラエル寄りや保守系の学生からは「大学が偏った政治活動の温床になっている」として、政府の介入を支持する声も上がっており、意見の隔たりは大きい。


このように学生・教職員のみならず、社会全体から賛否両論の反応が噴出し、高等教育の使命と政治の介入について全国的な議論が巻き起こっている。補助金削減が一部撤回・凍結解除される動きも出ているが、依然として多くの調査や条件付き支援が続いている。大学の一連の対応に失望したとして、寄付を撤回する卒業生や財界人も現れ、大学は文字通り板挟み状態になっている。

今回のトランプ大統領による大学への攻撃は、大学関係者には「1950年代の赤狩り以来、アメリカの大学にとって最大の脅威」(プリンストン大学・アイズグルーバー学長)と受け取られている。

アメリカの大学は、その研究や教育の恵まれた環境に全世界から優れた人材を集め、国際競争力の強化に貢献するとともに、民主主義の根幹である自由の精神を支えてきた。対立を良い方向に解消し、大学の自治・学問の自由と社会的責任のバランスをとっていくために、「国家に何をしてもらうかではなく、自分が何をできるか」(J・F・ケネディー)という問いが突きつけられている。

Author:小松原潤子(KEIHER Online 編集委員)


[参考サイト]
・NHK NewsWeb トップ 2025年4月16日 15時25分https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250416/k10014780501000.html

・ロイター 2025年5月6日午後 12:20 GMT+9
https://jp.reuters.com/world/us/4VNEM4HT7RL6PKMLKKKW3WTDQA-2025-05-06

・JiJi.com 2025年05月07日17時30分
https://www.jiji.com/jc/article?k=20250507047362a&g=afp

・JiJi.com 2025年05月06日07時08分
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025050500316&g=int

・BBC NEWS JAPAN 2025年4月22日
https://www.bbc.com/japanese/articles/cn4j2p587jno

・NHK 国際報道2025 2025年4月17日(木)午後11:12
https://www.nhk.jp/p/kokusaihoudou/ts/8M689W8RVX/blog/bl/pDAZdogaO5/bp/pBP23M3o3G/

・日経電子版 2025年4月15日 5:57 (2025年4月15日 21:39更新) 
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN2702L0X20C25A3000000

・日経電子版2025年3月14日 3:42 (2025年3月14日 8:43更新) 
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN2702L0X20C25A3000000

・Buisiness Insider  Apr 11, 2025, 9:00 AM
https://www.businessinsider.jp/article/2504-list-of-universities-targeted-by-trump-administration-doge

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