
清泉女子大学の新構想「公共創造学環」とは 次世代を見据えた「新しい公共人」の育成
四半世紀を経て加速する清泉女子大学の改革
大きな話題を呼んだ「地球市民学科」の設置から四半世紀という大きな節目を迎えた清泉女子大学。2025年には、地球市民学科は「地球市民学部」となり、総合文化学部との2学部体制となった。しかし、まだ挑戦は終わっていない。この歴史的転換点において、同大は、あらたに「公共創造学環」(仮称)の開設を予定している(2027年4月開設に向けて設置構想中)。
この「新学環」構想の根底には、カトリックの精神が息づく。折しも新構想が始まった2025年は、ローマ教皇が掲げる聖年のテーマ「希望の巡礼者たち」に重なる年であった。この構想の理念には、カソリックの精神のほか、「向き合う人になる」という全学の教育理念も反映されている。不透明な未来において、自己と「向き合い」、自ら「希望」を立ち上げ、他者と「向き合い」、共に社会を構築していくというのだ。
同大の挑戦は、小規模大学ならではの「一人ひとりに向き合う」教育をさらに洗練化させ、次世代の社会をデザインする「新しい公共人」の育成へと向かう。
*清泉女子大学 公共創造学環のページはこちら ⇒ https://public.seisen-u.ac.jp/
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1.背景と問題意識:人口減少とジェンダーギャップが突きつける都市の限界
ここで構想される「公共」は、「私」的領域と「公」的領域の中間にまたがる「共」的領域と新たに定義されている。では、なぜ今、人文学の学問領域を主とする女子大学が「公共」の再定義に挑むのか。そこには、既存の社会システムが抱える構造的問題への危機意識がある。
まず、世界の人口動態と都市化(都市部への一極集中)の問題である。国連の予測によれば、世界人口は2080年代半ばに約100億人でピークを迎え、その後減少に転じる。一方で都市化は加速し、2050年には世界人口の68%(高所得国では90%弱)が都市部に居住するとされている。この「都市への一極集中と将来的な人口減少」というパラドックスは、既存インフラの維持コストを増大させ、従来の都市工学的手法だけでは解決できない事態を招いている。
特に、日本の人口減少の問題は深刻である。日本は世界に先駆けて急激な人口減少局面にある。2100年には明治維新前後の人口水準へ回帰するという予測もあり、高度経済成長期にかけて作られてきた都市機能は、今、再構築の必要性に迫られている。
また、意思決定層におけるジェンダーの偏りも大きな問題だ。日本のジェンダーギャップ指数は政治・政策決定分野で125位(2025年版)と極めて低く、地方自治体の管理職における女性比率(2024年データ)も部長級でわずか12%にとどまる。人口減少により人的資源が枯渇する日本において、意思決定層・リーダー層のジェンダーバランスの悪さは、それ自体が大きな損失である。
政策論的視点に立てば、この現状は「多様な市民の視点」を欠いたまま都市計画が進行していることを意味する。これからは、女性の視点を公共政策に大胆に取り入れ、新たな都市のあり方を構想することが不可欠である。
2.「公共創造学環」の基本コンセプト:供給されるものから「共に作るもの」へ
新学環が掲げる最大の柱は、行政が提供する領域=「公」と、自己責任の領域=「私」の中間に位置する、「共」=共創的領域(マージナル・ドメイン)の創造である。
社会課題を単なる「負担」としてではなく、新たな価値を生む「ビジネスチャンス」として捉える視点が肝となる。以下の対比は、学生たちが身につけるべきマインドセットの転換を明示している。
| 公共を「消費」する: 行政から与えられるサービスを受益者として受け取る評論家的な姿勢。 公共を「共創」する: 自らが当事者として現場に関わり、社会課題解決を事業化・仕組み化する実践的な姿勢。 |
公共創造学環の教育目標は、単なるボランティア人材の育成ではなく、利益至上主義のビジネスに邁進する人材でもでもない。社会の痛みを解決することを利益や価値に繋げることができる、ビジネスと公共の「ブリッジ人材」の育成を目指している。
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