再燃する”赤狩り”? 高等教育の自由を揺るがすトランプ政権の「学問介入」

アメリカ合衆国教育省(以下、米教育省)は5月5日、ハーバード大学に対して、政権からの要求に応じるまで、新たな研究助成金などの援助を凍結すると通告した。この要求とは、4月に同大学に対して出されていた多様性・公平性・包括性(DEI)重視方針の撤回や学生の取り締まり強化、一部の学部への審査開始を求めるものである。大学はこの差し止めを求めて、4月21日、ボストンの連邦地方裁判所に提訴した。

ハーバード大学は提訴にあたり、トランプ大統領が主要大学の最先端研究への資金提供を凍結することで、学術的な意思決定をコントロールしようとしていると主張。これを受けて4月22日、全米の100を超える大学、カレッジ、学術団体の学長らは、「トランプ政権は、前例のない過剰な政治的介入により高等教育を危険にさらしている」として、政権の高等教育政策に反対する共同声明を発表した。

トランプ大統領の矛先は、アイビーリーグをはじめとする全米の大学に向けられている。米教育省は3月、反ユダヤ的活動に対するユダヤ系学生の保護義務違反として、ハーバード大学、エール大学、プリンストン大学、コロンビア大学といった名門をはじめとする約60校を調査対象としてリストアップした。また、反DEI(多様性推進策)についても、調査の対象として約50校を挙げた。こちらにはマサチューセッツ工科大(MIT)など有名校に加え、州立大学も含まれている。


新型コロナ禍以降も、2023年までは高等教育機関への支援は安定して推移し、学術研究支援や学生援助の強化も図られていた。しかし、2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃と、その後のイスラエルのパレスチナに対する報復攻撃以降、大学キャンパスでの反ユダヤ主義問題や多様性推進策(DEI)をめぐる論争が激化する。とくにアイビーリーグ等の名門大学で起きた反イスラエルの抗議活動への対応が社会問題化したことに伴い、連邦政府の大学への対応は硬化することになった。つまり、今回の大学への干渉の火種は、バイデン政権末期からくすぶっていたのである。

さらに2025年1月のトランプ政権の発足以降は、補助金や研究費の削減・凍結という前例のない圧力策が講じられるようになった。​これは連邦予算の削減というよりも、イスラエル擁護や保守的価値観の推進といった、政権の政治的・理念的方針によるところが大きい。


その背景にあるのが、トランプ大統領が大学を「行き過ぎたリベラルな価値観の拠点」と見なしていることだ。大学など高等教育機関への信頼性について尋ねた世論調査では、政党支持別に見ると、大学を「かなり信頼している」と答えたのは、民主党支持者が56%に対して、共和党支持者は20%と大きな差がある。さらに、共和党支持者で「ほとんど信頼しない」と回答した人に理由を尋ねると、最も多かった回答は「リベラルすぎる」「学生を洗脳しようとしている」などといった、「大学が、政治的になりすぎている」というものだった(2024年6月 ギャラップ社・ルミナ財団調査)。

ここでいう「リベラルすぎる」は、LGBTQといった性的マイノリティや性の多様性の尊重、就職や大学の採用で人種などを考慮するDEI政策などが行き過ぎている、といったもので、トランプ大統領による大学への圧力は、こうした共和党支持者の意向を意識したものであると考えられる。


このような政権の要求に最初に屈したとされるのがコロンビア大学である。反イスラエルの抗議デモは、コロンビア大キャンパスが起点となったため、政権からは「学生デモ規制の強化」「中東研究部門の管理変更」「反ユダヤ主義の定義導入」など9項目にわたる要求を突き付けられた。大学側は期限直前まで抗う姿勢を見せつつも、2025年3月末、政権が求めた項目の大部分に応じる覚書を公表した。この決定には学内外からの批判が大きく、当時の臨時学長が辞任する事態となった。キャンパスでの抗議活動を巡っては、コロンビア大のほかに、プリンストン大学、コーネル大学、ノースウェスタン大学、ブラウン大学などでも補助金支給が停止されている。

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