
東京外国語大学 春名学長インタビュー
■ 「人生100年時代」の大学生とは
--最近のことでいうと、学生の資質の変化についても伺えればと思います。春名学長がこちらに来られてから10年ほど経つわけですが、いわゆるZ世代と言われる学生と交流されていると思います。何か変化を感じますか? というのは、弊社で昨年、学生の意識について、全国の学長にアンケートをしたところ「メンタルヘルスの状況がよくない」という意見がかなり上がったんです。経験に基づく実感レベルで結構なのですが、これについて、何かお気づきのことがあれば、教えてください。
春名:大学生に限定すると、その変化にはおそらく理由が2つあって、1つは非常に単純な話です。例えば1990年の大学進学率って、約25%なんですね。それが今や60%ほどになっています。かつては「エリート」とされていた大学生が、今では「市民」。こうなった場合、学生の意識に差が出てくるのは自明です。
もう1点は、これは自分の授業の中で感じていることなのですが、卒業論文に対するアプローチが変わりました。私たちの時代は、まず図書館に向かいました。今は、そのような学生はいませんね。その代わりに、インタビューをやりたがるんです。だから、ゼミでは私も一緒になってインタビューのやり方を学びました。
これは私の仮説でしかないのですが、学生たち、さらに言えば今の若者たちは、本の中に書かれた内容や先生たちの話すことにアクチュアリティー(現代性)を感じなくなったのではないでしょうか。非常に不安定で、先行きの見通しが立たないような時代において、これまでの世代が蓄積してきた「知」というものは、アクチュアリティーを持たないのでしょう。
--何か嘘っぽく見えてしまうということでしょうか。
春名:そうです。学生からしたら、「それは昔の話でしょう」となってしまう。簡単にいえばそういうことです。私自身も共感するところはあります。
すごく読書が好きな学生でも、「インタビューをやりたい」なんですよね。本読む、読まないという話ではなくて、本の中の知に、アクチュアリティーもそうですが、レレバンス(関連性)を感じられないっていうところは大きいのかなと思います。
--大正や昭和初期に書かれた文章を読むと、今に近いものを感じることもありますが、こうした歴史に触れて、気付きを得る機会などはないのでしょうか。
春名:ゼミ生に翻訳をやりたいと言っていた学生がいたので、『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)を1年かけて英語に訳させてみたんですね。私がこれを選んだのは、人間の本質は変わらないということがわかるから。この本が、日中戦争の始まった1937年に出版されているにも関わらず、です。生物としてのヒトは、ホモサピエンスになって以来、生物学的には進化はしていないので、頭脳自体は大きく変わってないんですよね。だから同じ考えが繰り返されるし、歴史は繰り返される。そこの部分だと思うんです。
ただ、環境を含めて物理的には大きく変わりました。「人生100年」なんて言われるようになったけれど、生きるスパンも変わりましたね。こうなると、キャリアをつくり上げる道筋も、これまでの世代とは違ってくるんです。我々が今、生きている社会は、70年の人生を前提にして設計されています。それが長くなったら、同じモデルは成り立たない。
--人生100年だったら、そんなに急いで結婚しなくなりますね(笑)。
春名:そうですね。だから決められないのでしょう。先行きも不透明ですしね。ある意味「冷静の時代」と言ってもいい。国内的に見るならば、例えば高度経済成長期から続く安定成長の時代っていうのは、自分の人生が見通せるんですね。だから「大学に行って、大きな企業に入ろう」という将来像を描ける。けれど、今はその大きな企業だってどこまで続くか分からないという時代。何かにコミットなんてできないのではないでしょうか。だから、根なし草でいくしかない。